wandering/not/days

いろいろ、書きたいと思っていたことがあったように思います。けれども、すべてあっという間に消えていってしまいます。まあ、それはそれで良いでしょう。いま手のなかに残っているものだけで、いつだって十分です。もしそこに幾つかの砂粒と砕けた枯葉しかないのであれば、要するに、それがそのひとの人生だったというだけのことです。

数日間、学会でとある街に行っていました。学会というのは、いつだって憂鬱になるものです。研究者を名乗る人びとの歪さ。ぼくは記憶力が悪いのですぐに忘れてしまうのですが、毎回、研究発表をするたびに、徹底的に落ち込みます。ああ、こんな連中相手にいくら話したって無駄なのに、俺の短い人生の一部をなぜまた浪費したんだ、と思います。今回は特に落ち込みが酷く、懇親会の間(本当はスタッフなので出なければならないのでしょうが)、外に出て彼女に電話をし、1時間くらいどうということのない話をしていました。

* * *

初日、会場準備を終えてチェックインをすると、部屋の中にエロ本が落ちていました。ぼくは、ある面では極めてタフな人間なのですが、こういう、どうということのないはずのところで、自分でもいやになるくらい脆弱です。それをティッシュでつまんでゴミ箱に突込み、何だか死にたいなあと3音階で歌いながら、ぽちぽち、明日の発表で使っても使わなくても良いようなPowerPointの資料を作っていました。それでも、学会スタッフの同僚として同じホテルに宿泊をしていた女性が、あまりのぼくの情けなさに業を煮やしたのかもしれません。フロントにクレームをつけてくれて、ぼくの部屋を換えてくれました。生きるというのは、ほんとうに大変なことです。

同じようにどうしようもない話なのですが、初日に新幹線を降りたとき、間違えて帰りの切符を自動改札に入れて出てきてしまったのです。気づいたのは夜になってからなので、ぼくはもう諦めました。だいたい、駅員さんに話をして嫌な顔をされてなどという思いをするくらいなら、何千円かの損失を引き受けて、しばらく昼食を抜かしたほうがましだと思うのです。けれども、これもまた、別の学会スタッフの同僚がぼくから(改札を出るときに使わなかった)行きの切符を奪い去ると、ささっと面倒くさい交渉をして、帰りのチケットと交換してくれました。まったく、生きるというのは、ほんとうにほんとうに大変なことです。

彼ら/彼女らは、いったいどこでそういったタフさを身につけたのでしょうか。無論、日常生活のなかででしょう。だとすれば、ぼくがいま送っているこの日々は、いったい何なのでしょうか。

昨日は大会の後始末で一日潰れ、まだ1/5も片付いてはいないのですが、きょうは月曜日に締め切りの公募書類を書いていました。3時までに郵便局へ行かなければならないのですが、1時半には封筒に封をし、ぼさぼさの寝癖のままに出発です。地元の郵便局ですから、これだけ時間があれば余裕だろうと思っていたのですが、例によって道に迷い、ほとんどぎりぎりで窓口に辿りつきました。

帰り道、どうせならひさしぶりに本格的に道に迷ってやろうと思い、知らない方角へ歩きだしてみました。どこへ行こうということがないのであれば、自分の見たいものに自由に目をやることができます。道路はあるのに、道路の上を歩いているのに、どこにも辿りつけないというのは、何だか不思議なことです。日常生活を送る人びとをぼんやりと眺めつつ、そんなことを思っていました。

真夜中の郵便ポストに投函するきみの悪夢

もうすぐ学会発表なのですが、何も準備が進んでいません。あいかわらず、他人様の仕事ばかり片づけています。それでも、時間を縫って、相棒と温泉に行ってきました。なんだ、そんなことをする時間があるんじゃない、などと思われるかもしれませんが、まともな仕事を持ってまともな家族を持って「愛」なんてものを信じちゃったりしているような連中にとやかく言われる筋合いはありません。警告文ばかりの人生にもうんざりしてきたので、温泉に行ってきたのです。

ホテルでは、何をするでもなくぼんやりしていました。ふたりとも、道に迷った宿泊客にホテルのスタッフと間違えられて案内を迫られたほど地味地味した格好でしたが、そんなふうな地味地味具合が、ぼくらにとっては居心地が良いのです。少しばかり寂れた温泉街で、地味地味過ごして、干物を買って帰りました。

くだらない学会仕事を片づけ、片づけ、片づけ、少し疲れると、おもむろに家のことを片づけたりします。amazonでまとめ買いした防犯センサーを窓にペタペタくっつけたりします。切れかけていた門燈を交換しようとふたを開け、中に降り積もった得体のしれない塵や蜘蛛の巣をひぃひぃ泣きながら掃除したりします。役所から届いている諸々の書類は見なかったことにして、そっと、三文小説の下に押し込んでおいたりします。

何が日常で何が非日常なのか。何が生活で何がウルトラなのか。どうにも、よく分からなくなります。

いつも通り、眠ると、悪夢を見ます。けれども、ここ最近は、見る悪夢の系統が少し変わってきたように感じます。とてもシンプルに、平凡な幽霊がでてくることが多いのです。昨晩も、ぼくはいかにもな幽霊に抱きしめられ、しばらくゆさゆさされていました。幽霊など、夢のなかでさえ恐ろしくはないのですが、それでも、良い気持ちで目が覚めるというわけでもありません。中途半端な時間に目覚め、もういちど眠るほどの眠気ももはやなく、かといって起きだす気力もなく、ぼんやり、暗闇のなかで耳を澄ませています。

彼女の半径3m以内にいるときは、普通に生きて普通に死ぬことの「普通」を、ぼくは普通に理解できています。それはとても単純で、間違いようのないものです。夜中に独りで目が覚め、まだ空中に留まる悪夢を眺めながら洞除脈がまずい水準に来ているのを感じ、それでも、やっぱり生と死は自然なものとしてぼくの内に在るように思います。

けれども、他人様と有用性のなかで話をしているとき。社会とやらをスキルによって泳いでいるとき。ぼくは突然、在ることへの直観と確信を失ってしまうのです。

ほらあの家の2階の壁に3mはある巨大な甲虫が張りついて

仕事は仕事でまったく問題が山積みで、家に帰れば家に帰ったで学会のメールをあちこちにばらまかなければなりません。きょうはもう19通のメールを書いて送って、さすがに疲れて、でも人びとからはクラウドリーフくんのメールは丁寧すぎるんだよもっと適当にぱぱっと書いちゃえばいいんだよ、そんなこんなであの件もすぐメールしておいてなどと言われ、まあそれはそれで正論なのですが、正論ってたいていの場合無意味なのよね、とも思うのです。

学会発表の原稿も書かなくてはなりませんし公募書類も書かなくてはなりませんし役所にもいかなければそろそろ国民としてアウトのラインを遙かに超えてしまっていますし病院にも行かなければなりませんしけれども保険証がそろそろ期限切れだった気もしますしどのみちそれらすべてをやったところで将来なんて何もなくて真暗すぎておまけに雨まで降りだして、もうそろそろ発狂しそうなのですが、でも、大丈夫です。何故大丈夫なのでしょうか。まだ「明るい話しか書いちゃだめ」キャンペーン中だからです。明るい話を書きましょう。

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先日は小さな研究会で少しだけお話をしてきました。内容はまあともかくとして、来月の学会で使おうと思っているビデオカメラの試行をしたかったので、自分が喋っているのを撮ったのです。人格的にも能力的にも問題だらけのクラウドリーフさんですが、けれど、不思議と声だけは褒められることがあります。学生さんたちはとてもよく眠るので、単にα波的な意味で良い声ということなのかもしれませんが、元人形劇部員としては、声を褒められるのは、実はとても嬉しいことだったりするのです。しかし、録画した自分の喋っている声を聴くと、これがどうも好きになれません。何だか嘘っぽいし浅い。いや本音を言うと、人間のふりをした何かが、データベースから作られた「良いひと」の雛形を利用して、自分でも意味の分かっていない言葉を音として発しているような、そんな薄気味の悪さがあります。

ともかく、けれども、そんなぼくでも自分の声が悪くはないと思えるときもあって、以前に時折、架空の放送をするみたいな遊びを彼女とふたりでやっていました。暗いなか布団に潜って、互いをただひとりのリスナーとして、好き勝手なことを話すのです。そういったときの自分の声というのは、録音されたものを後から聴いても、薄気味悪さはありません。それどころか、何となく前世の自分を眺めているような、少し寂しい微笑ましささえ感じます。

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昨日、少し遠い駅から歩いて帰ったのですが、ある地点でふと唐突に天啓のように、よし、ここから600歩だ、と思ったのです。意味が分からないままそれでも素直に数以外は何も考えずてくてく歩き、600歩目でちょうどぼくの住んでいる地域で最も標高の高い交叉点が赤信号でぼくは立ち止まりました。空は曇って星も見えません。淀んだ空気の向こうに薄汚い街灯りが見えるだけですが、それでも妙に気分が良く、その600歩丁度のくだらない奇跡の喜びを、 曇った空にむかってゆんゆん飛ばしました。

600歩を歩き終え、信号が青に変われば、あとはもう自分の家に向かって下っていくだけです。暗い道を歩いていると、ほんとうはそこにはないさまざまなものが見えてきます。ほらあの家の2階の壁に3mはある巨大な甲虫が張りついています。ほらあの家の少し開いた扉からは縦に並んだ眼を見開いた老婆の視線がぼくをずっと追尾しています。竹藪の奥では夜よりも暗い何かが素早く異様な踊りを踊っています。そんなものどもを横目に眺めつつ、「ほんとう/そこ/ない」という言葉の奇妙さについて考えたりしています。薄気味の悪い世界にはリアリティがあるのに、薄気味の悪いぼくの存在にはリアリティがないのはどうしてだろうなどとも考えたりしています。とにもかくにも、てくてくてくてく歩いていくのは、それだけで十分に気分の良いものです。

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そんなことを書いているうちにも、何だか無礼なメールが届いてきたりします。それでも、お返事ありがとうございますご迷惑をおかけして申し訳ございませんなどと、即座にお返事を書いたりもします。どんどんどんどん、ぼく本来の薄気味悪さとは別の薄気味悪さが、ぼくのなかに降り積もっていきます。

明るい話を書きたいな、と思ったのです。莫迦莫迦しいほど明るい話。でも、現実のほうが遙かに想像を超えて莫迦げていて、どうにも、困惑ばかりしています。

雨は降っていますか?

明日は小規模な研究会で、少しばかりお話をする時間をもらえたのですが、さきほどようやく発表原稿を作り終えました。発表原稿といっても、今回はほんとうにラフな感じのものです。もうSFとか引用しちゃっている。でもまあ、良いんですよ、好きなことを書いてしまって。だって、書きたくないことを書こうが書きたいことを書こうが、どのみち、当たり前ですが、ぼく以外の誰もぼくの研究に対して責任なんて取れないんですから。自分の人生を賭けてやっているのだから、自分の好きにやって、好きに失敗して、好きに消えていけば良いんです。おっと、また暗い感じになっていますね。明るいお話をしましょう。

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昨晩仕事帰りに、例によって生き物を踏まないように俯いて暗い道を歩いていると、小さなアマガエルが街に向かってぴょこっ、ぴょこっと跳ねているのを見つけました。街といっても田舎町ですが、それでも、碌なものではありません。ですので、おせっかいは承知で、嫌がるカエルくんを掬い上げ、少し戻って裏の田んぼへ放してきました。田んぼはいま、夜になればカエルたちの大合唱です。カエルくんを田んぼに追いやってから手のひらをみると、ウンチをされていました。そういうのって、何だか、幸せになりますよね。

幸せって不思議なものです。明日の研究会に履いていくジーンズがないこと。被るたびに変質者にしか見えないからやめろと言われる帽子しか、あす身につけるものがないこと。裸に帽子だけだと、ダブルで変質者に見えること。そういった諸々のことを眠れないままにつらつら考えていると、それだけで妙に可笑しくって、やっぱり何だか幸せだなあと思うのです。

PHSで彼女と話をしていると、時折、雨が降っているような幽かなノイズが聴こえてきます。夜中、暗いなかでじっとしていると、同じようなノイズが聴こえてきて、それが幻聴なのかほんとうに外では雨が降っているのか、分からないと分かりきっているのに考えたりします。雨音はきらいなのですが、けれどもそうやって過ぎていくぼくの周りの小さな夜の時間、それもまた、ひとつのささやかな、けれどかけがえのない幸せのように思います。

そんな、他のひとが聞いたら、こいつは何を言っているんだと思われるような、たくさんの小さな幸せがあります。それはでも、決して、やっぱり日々の生活が大事よね、とか、そういうことではないのです。おしるこ万才には、ほんとうにほんとうに嫌悪と憎悪しか感じません。「日々の生活」というときの、その「日々」に対する愚鈍で傲慢な信仰が、ぼくは嫌なのです。一瞬先の生に対する小児的な信頼感。その日々が偶然としてしかあり得ない日々だからこそ、あり得ない奇跡としての一瞬一瞬がぼくらに幸福を与えるのではないでしょうか。そこにはつねに、すべてが失われることに対する覚悟が……いえ、覚悟ですらなく、単なる事実として失われるのを知っているということのみが、ただの平凡な光景に美しさと尊さを与えます。

ん? 何だか暗い雰囲気になっているでしょうか。おかしいですね。明るい話をしていたはずなのに。きっと雨音のせいでしょう。ぼくはほんとうに雨音が嫌いなのです。でも、雨はいやじゃいやじゃと真暗ななか布団を被って丸まっている自分を俯瞰してみると、昨晩手のひらに包んでウンチをされたカエルくんを思いだしたりして、そしてそこには、どうしようもなくユーモラスで愚かで愛しい何かがあったりして、その全体が、やっぱり幸せなんだよなあ、などと思ったりするのです。

いま、雨は降っていますか? 耳を澄ませれば、雨音の向こうから、その答えが聴こえてきます。

生きているだけできみは憎悪の対象さ

明るい話を書こうと思い、もうタイトルから失敗しているのですが、けれどもいちばん暗いところから始めればあとは明るくなるしかないわけです。まあ厳密に考えればそんなことは全然ないのですが、人生なんて厳密性のかけらもないぐやぐやのほにゃほにゃです。話はぐんぐん明るくなっていくのです。そうだ。もみあげの話をしましょう。言いたいことはもうタイトルで言ってしまったので、あとはもみあげです。

最初の大学に通っているころからでしょうか、ぼくはずっと自分で髪を切っていたのです。だって一回髪を切るだけで3,000円とかですよ。ハードカバーの本が1冊買えてしまいます。それで、何故かは分からないのですが、もみあげってものを、こう、用語が分からないのですが(人生分からないことばかりです)、とにかく切り落としてしまっていたのですね。切り落とすって、生々しいけれど。ぼたっ。改めて思えば、YMOの影響だったのでしょうか。テクノカット。いやそれはないか。そういえば、いまはもうYMOはまったく聴かなくなってしまいましたが、昔は好きだったのです。BGMとか良いアルバムですね。YMOではありませんがphilharmonyはいまでも稀に彼女と聴いたりします。名盤ですよね。とにかく、あれは20年くらい前でしょうか。YMOの「プロパガンダ」をどこかの小さな映画館でやっていて、相棒と、あと彼女の友人と3人で観にいった記憶があります。これ本当の記憶かな。まあいいや。立ち見まで出るくらいの混みぐあいで、田んぼしか見たことがなかったぼくは、都会人の生活っていうのはまあ凄いもんだね、などと思いつつ、暗く狭いなかでときおり彼女と肘が触れたりして、映像よりもそっちのほうが気になってどきどきしたのをよく覚えています。うん、これやっぱり偽の記憶だ。

話を戻せば、もみあげです。そんな感じでずっともみあげのない人生を過ごしていたのですが、最近、ふたたび床屋さんで切ってもらうようになったのです。穴の開いたジーンズに登山靴、洗いざらしのYシャツで会社に行っていると、世間様の目が厳しい。まして髪まで自分で切ったざんばら髪だと、これはもう不審者です。蔑むような他人様の目に、何だか新しい世界が拓けてきます。それにしても「せけんさま」とか「ひとさま」って、何だか嫌な言葉ですね。あすほう! と思うのです。

それで、床屋さんに行きますと、毎回、「もみあげありませんね、あなたもみあげありませんね、どうするつもりですか、これどう責任とりますか」と言われるのです。普段、ぼくは徹底的にぼんやり過ごしているので、そう詰問されても自動応答システムが「あっあっあっ、自然な感じで」などと、適当な相槌を打ってやりすごしていました。けれども、ある日、たまたま覚醒していたとき、「ああ、もみあげがないというのはこの世界ではおかしなことなんだ、生きている資格がないことなんだ」と気づきました。ぼくはこれから、世間様にも他人様にも恥じることのない髪形で生きていくことにしました。あすほう。

でも、もみあげって、伸びない(生えない?)ものですね。なかなか、普通の感じになりません。普通って、何でしょう。糞のようなものであることは確かです。いま思ったのですが、糞と翼って似ていますね。糞のようなもみあげを伸ばしやがてそれが翼となり、ぼくは夜のなか独り飛び立ち、

ああ、つらい、つらい。僕はもうもみあげを伸ばさないで餓えて死のう。いやその前にもう床屋が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。

そう思うのです。でも不思議なことに、右側のもみあげだけは元気に伸びる(生える?)んですね、これが。でもって左がぜんぜん育たない。右のもみあげだけが伸び地に垂れ地に栄え、まるで傾奇者です。世間様の目は相変わらず厳しくゴミを見るようで、知らない世界がどんどん拓けていきます。拓けた世界を満たすまで、産めよ、増やせよ、地に栄えよと、神のようにもみあげに呼びかけるのです。

正直何を書いているのかさっぱり分かりませんが、暗い話を書くの禁止命令は、まだしばらく続くのです。

悪夢デコーダ

何だか暗い話ばかりを書いて、精神状態を心配されてしまった。もちろん、そんなことはない。ぼくの心はいつだって絶好調だ。絶好調すぎてカーブを曲がれないくらいにアクセルを踏み続けている。そんなこんなで、これから数回は明るい話を書こうと思った。思うだけなら土星にだって行ける。PTPシートって、飲む分でペアになっていますよね。それで、横並びに2つペアの薬を飲むのですが、ふと気づくとそれを縦に(2回分にまたがって)薬を取りだしちゃったりしているんですね。頭痛で訳が分からないときにあわあわ薬を取りだしたりすると、そういうことになってしまって、あとになってそのPTPシートを眺めて何が可笑しいのかいひひひひひ、などと笑ってしまったりします。

こういうことを書くから暗いとか笑顔が不気味とか言われるわけですが、そういうつもりでもなくて、ぼくほど笑顔の爽やかな人間もそうはいないんじゃない? とは思っているけれどそういうことでもなくて、やっぱりそれは、けっこう楽しいことなんですね。そんな感じで、楽しい話でも書いてみようと思うのです。

ぼくはけっこう悪夢を見るほうだと思うのですが、それでも、幸いなことに、そのうちの幾つかは見たという感触だけが残り、その内容は目覚めれば消えてしまいます。けれども、この前、夢のなかで、形のない小さな機械をどこからか手に入れたのです。悪夢デコーダと呼ばれるそれは、目覚めたときにばらばらに砕けた悪夢の残滓を、再度完全に構築し直すことができるのです。真っ青に晴れた空いっぱいに、ぼくが見てきた無数の悪夢が、きらきらきらきら、妙にきれいに銀色に輝きながら、悪夢デコーダによって再生されます。そういう悪夢を見ました。目が覚めれば、既に明るく、そこではトナカイが空を飛んでいました。

けっこう、ぼくは悪夢を見るほうだと思います。でも、それは嫌なことばかりではありません。いま、どうして嫌なことばかりではないのかを書こうと思ったのですが、言葉にできないことに気づきました。要するに、それは体験それ自体、ということです。それそのもの。だからそれを表現するために、あらゆる迂回路を辿り、物語を書いていきます。けれども、言葉のプラス1次元にあるそれそのものは、無限に言葉の軸をずらしていっても、決して表現しきることはできません。だけれどもそれは断念でも諦念でも疲労でも絶望でもなく、だからこそそれは、楽しいものです。

神秘とか奇跡とか、そういう言葉を簡単に使うひとが嫌いです。キーボードに手を置いたときの姿勢。出涸らしのお茶を淹れるときの手つき。足下の蟻を避けるときのよろめき具合。そこに顕れている祈り、そこから顕れる奇跡、それは、美しいことでも正しいことでも善いことでもありません。あまりに巨大で寂しくなるほどどうしようもないぼくらの現実で、それらは単に、それそのものとしてそこにあるものです。悪夢を見て目が覚めて、普段は40bpmの脈拍数が軽く150bpmを超えるとき、やはりそこには、それそのものとしての祈りと奇跡が顕れています。その祈りと奇跡とは別のところにある空白を言葉で埋め、そうではないということでのみ、また新たな一歩を標します。その足跡がどこかへ向かっているものではないとしても、それはそれで、どうでも良いことです。

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言葉を使っているにもかかわらず、そうして、ぼくは自分なりに自分の言葉使いに誇りを持っているにもかかわらず、ほとんどの場合、何を言っているのか分からないと言われます。まあ、それはそれで良いかな、と思うのです。諦めということではなく、まったくそうではなく、伝わることであるのなら、最初から伝える必要などないと思うからです。相棒にはいつも、他人をひどく怖がるきみがどうしてコミュニケーションについて研究しているの、と訊かれます。それもきっと同じなのです。

できることはやる必要はありません。そしてできないことは、努力や運では、所詮できやしません。見えるものは見る必要がありません。見えないものは、けれど決して見えません。聴こえるもの、聴こえないもの。語れること、語れないもの。

訳の分からないその全体。何だか、少しばかり、楽しくなりませんか? ぼくは何だか、それが楽しいといっている滑稽で愚かな自分の姿そのものが、楽しいのです。

嘘っぽいけど

昨日、相棒とふたりで、ひさしぶりに彼女の地元を歩いた。ほんの二、三年行っていなかった場所を歩いてみると、ぼくらの頭のなかにあった地図はすべて古くなっていた。ものごとというのは、大抵の場合悪い方向へと転がっていく。けれども無限音階のようなもので、悪くなり続けつつ、いつまでたっても底に辿りつかず、現在に留まっていたりもする。何となく漠然としんどさが続き、へとへとになっても終わりは見えてこない。それでも、ふと気づくとぼくの服の上をしゃくとりむしがえっちらおっちら這っていたり、道の脇を唐突にカモのつがいがよちよち歩いていたり、そういったものに触れて、強ばっていた心が和らいだりもする。昨日は今年になって初めて天道虫を見つけた。クロアゲハが飛び、雨が近づけばアマガエルが鳴き、そして、そうだ、最近では、これはぼくの地元だけれども、夜通しふくろうが鳴いたりもする。散歩に出かけ、夜もうるさい車通りを離れ、真暗ななかに立って彼女にPHSをかける。小さな森のなかから届くふくろうの声を、彼女に届けたりする。

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あるとき、ふと、眼の前に小さな惑星が浮かんでいた。サン・テグジュペリが好きだというから何がと訊くと星の王子さましか読んでいないような連中がぼくはほんとうに嫌だ。けれども、無論、星の王子さま自体が嫌いなわけではない。むしろ逆だ。ともかく、あれをイメージしてもらえれば近いかもしれない。小さな惑星の上には、縮尺的につりあわないくらい大きなビルが林立している。林立といっても、惑星の表面自体が狭いものだから、せいぜい数十といったところだろう。そうして、そのひとつひとつに、ちょっとうまく説明できないのだけれど、ぼくの心のなかにある感情のひとつひとつが対応していた。眼の前に浮かんだ惑星のうえで、いちばん大きく建っていたのは(ただし聳える、という感じではなかった。それはひどく精細でありながらも、ミニチュアの可愛らしさを持っていたから)「死にたい」という名前のビルだった。しばらくそれを眺めて、瞬きをしたら消えていた。

こういうことを書くと、何だかネガティブだなあ、とか、こいつ大丈夫かなあ、とか思われるかもしれない。あるいは、よく分からないけれども格好つけ、とか。だけれど、そういうことではない。それは単にそれだけのことで、たいして意味があるわけでもない。むしろそういった感情がありつつ、どうして生きているのかというほうにこそ、ぼくは意味があると思うし、関心もある。ただぼんやりと生きていて、それが生きていることなのなら、いうまでもなく、別段、ぼくらは生を問う必要などない。それはそれで幸福なのかもしれないけれど、そうであるのなら、これもまた、ぼくらは幸福を問う必要などない。

「死にたい」というと、何だか変な前提や変な思い込みや変な押しつけをされてしまい、話ができなくなる。それは面倒くさいので、適当にお話を作り、適当にお話をする。何だかマッチョなひとたちだなあ、と、ぼんやり思う。そのマッチョさというのは、要するに、おしるこ万才の持つ鈍感さ、愚鈍さだ。ぼくはそれを嫌悪する。

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奇妙な――といってもそれほど奇妙な話でもないけれど――ものが見えるということであれば、最近、もうひとつあった。会社でパソコンのモニタを眺めていたら、ふとコーディング中のプログラムの向こうに、その文字列を押しのけるように、とある景色が現れた。これもまた正確には表現できないのだけれど、それは、ぼくが知っていたあるご老人の、そのひとがまだ若かったころによく眺めていた光景だった。その老人は既に亡くなっているし、生前、そのひとからぼくがその光景について聴いたこともなかった。それでも、ぼくには「分かった」。それがいわゆる事実かどうかということでいえば、無論、答えるのも阿呆らしい。でもそれは、事実ではないという当たり前すぎることだから阿呆らしいのではない。問うべき軸がずれすぎていて、阿呆らしいということだ。

しばらくその光景を眺めてから、キーボードを叩き、それを消した。

* * *

この社会(どの社会?)が持つ残酷さというものがある。そしてぼくはぼくなりの残酷さを持って、自分にとって嫌悪すべきものを嫌悪する。その残酷さのベクトルが異なっているから、ぼくはぼくなりにシステムに妥協して生きていけるし、システムもシステムなりに妥協して、ぼくのような存在を――何らかの使い道がある限りにおいて――見逃している。システムには無数の、ぼくとは異なるという意味においてぼくと似ている誰かさんたちがもぐりこんでいる。ぽこぽこぽこぽこ、偶発的に必然的にシステムの内部で生まれつつ、ぽろぽろぽろぽろ、システムにとっての有用性を失って虚空へと捨てられていく。それは例外的存在などではなくて、そういったヴィジョンそのものに、あるいはそこのみに、この世界のリアルさがあるとぼくは思っている。