二十三億年越しのセルフィッシュ

いつものように仕事帰りに彼女にメールをして、帰り道にあるスーパーで買い物があるかどうかを訊ねます。葱があれば葱を、とお返事が届き、任務を帯びたぼくは駅近くのスーパーの地下一階の食料品売り場へと降りていきます。しかしその時間にもはや葱はなく、しかたなく柿を買って帰ることにしました。ぼくは柿が好きなのです。

翌日は講義の日で、仕事へ行く彼女を見送り、少しだけ家事の真似事をしてからのんびり大学へ行きます。こんな悠長なことをしていられるほど仕事の状況が良い訳ではなく、そんなことをいえばそもそも研究などしている場合でさえないのですが、生まれついての屑人間。大学へ行きがてら、スーパーなんぞに寄り道までも平気でしてしまいます。昨晩の借りを返すべく、きょうは売っているうちに葱を買うのです。油断した葱共がごろりごろいと積み重なっている。やおらそのうちの一組をつかみ取り、人間様の知恵を舐めるなよ、とネギの売り場前で高笑いしつつ意気やうやうです。けれども、やけに太い葱がしかも二本組みで売っていて、これはどう考えてもオーバーキルではないでしょうか。

ところで、彼は驚くほど常識がありません。常識人ぶっていますが、それはものすごく疲れるので、時折突然手を抜きます。まだ暖かかったころには、彼女の弟がくれた、彼の手書きの絵が描かれたTシャツを着て、そのまま講義をしていました。彼の周囲には真面目なひとが多いので、だいたい皆、きちんとスーツを着て講義をします。えらいなあ、と他人事のようにぼんやり感じつつ、しかしスーツを着るとライフが減る特殊体質の持ち主なので、仕方がありません。

きょうはしかし、Tシャツどころではなく(さすがに寒いからもっと着込んでいます)、長葱二本を持ったまま大学に着いてしまいました。葱二本を巻いていたテープは解け、両手に一本ずつ葱をつかんだ彼は、まるで宮本武蔵のようです。え、これ、抱えたまま教室に行くの? と自分でも疑問に感じますが、しかしその心の澄み渡ること夜半の湖の如しです。「剣禅一如!」それは新陰流か。けれども、堂々と教室に入っていけば、学生さんたちはこれこそがこの国古来の正装なのだと騙されることでしょう。「ドウドウ!」そう叫びながら教室に入ります。学生さんたちは皆、ぼくをゴミを見るような目つきで見てきます。階段教室でそもそも彼らの視点が上から来るので、ぼくはますます教室の隅に溜まった埃になったような気持ちになります。「アニハカランヤ!」夏の終わりの蝉のように、そのまま絶命します。

これでもけっこう、ぼくは教える、ということに対して真剣ですし、誇りをもってやっています。ぼくとしては、教える、よりも、伝える、だと思っていますが。ともかく、いろいろな人たちが、いろいろな考え方から、いろいろなスタイルで講義をすることでしょう。それぞれがその信念に基づいてやっている限り、ぼくはそれで良いと思います。共通するスタイルなど必要ないし、もし「教える」ということがあり得るとするのなら、そこにルールもマニュアルもあるはずがありません。けれども、信念もなしに教壇に立つ誰かが居るとすれば、それは誰にとっても、とても不幸なことです。

二十歳を目前にして、当時のぼくは、既にかなりの落ちこぼれ大学生でした。自分がうっかり入ってしまった、やけにエリートくさい連中ばかりのその大学を嫌悪していましたし、講義についていけない学生を、それこそゴミのように扱う教授連中のことも憎悪していました。それでも、中には風変りな非常勤講師も幾人かは居て、そのひとたちの独自のスタイルをぼくは再現できないけれど、ぼくがあの大学でまともに取得した単位というのは、恐らくその辺りのものだけではなかったかなと思います。そうして、記憶に残っているのは、そういう講義の方なのです。

自分のスタイルは自分のスタイルで、演じることが好きなぼくでも、教壇上で、本当の意味では演じることなどできません。立ってしまえばそこにあるのは長葱二本、ごまかしようのない、普段の自分のスタイルがあるのみです。ただそれだけで勝負をしなくてはなりません。

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長葱を二本も買ったと彼女に知られたら、きっと怒られます。証拠隠滅のため、大学から帰ってきたら米を炊き、長葱一本を丸々刻んで納豆に混ぜ、独りでぼそぼそ、お昼ご飯を食べました。食べ終えてから学生さんたちのコメントシートを、お茶を飲みながら確認します。意外に講義に対して好意的なコメントが多く、もっと俺を糞みたいに憎んで軽蔑してくれよと、性根の歪んだ彼は、亡者のように呻きながら床を転げまわっています。

パンクズヴォヤージュ

彼女とふたりで買い物に行き、夕食の魚を選ぶ。この魚、何だか笑っているみたいだね、と彼女がいう。そのとおりで、口の端を少し歪めた魚は、死んでいるのに楽し気に笑っている。ずっと以前にも書いたけれど、ひとつの悪を為したからといって、そのほかの悪を為して良い、ということには決してならない。ぼくらの日常は極論でできているわけではない。出来損ないの宮沢賢治のようだが、いつか自然に、敢えて奪う必要のない命を奪わずに済むようにして、そのままどこかへ出発できれば良いな、と思う。

一年に一度か二度、ひどい風邪を引いてしまう。いまがちょうどその時期で、けれども、講義の資料を作らなければならないので、咳が出て眠れないのも、悪いことばかりではない。隣で彼女が眠っているので、モニタの明るさを最低にまで落とし、ぽちぽちとキーボードを打つ。午前3時くらいになり、さすがに眠らなければならないと思って毛布に包まる。まだ少し寒く、唸ると、眠ったままの彼女が手を伸ばしてくれる。

まだ暖かかった先週、偶々時間ができ、彼女とふたりで近所の――といっても歩いて20分弱はかかるけれど――納豆屋に行き、そこで売っているアイスを買って、溶ける前に少し離れたところにある公園で食べた。まだまだ蚊は元気で、ぼくらはふたりとも、ずいぶんと刺され、痒い痒いねといいながら家に帰った。

また別の日、新宿のとある広場で彼女と休んでいたとき、ぼくらの下に、片足を怪我した(もう傷は癒えていたけれど)ハトがひょこひょこやってきた。ハトに餌をやってはいけない、ということはぼくも知っているが、手元から食べていたパンの欠片がぽろりと零れる。他の元気なハトも一目散に寄ってくるけれど、彼らの隙をついて、足の悪いハトの目の前に、またパンの欠片がぽろりと零れる。最近、手に力が入らない。警備のひとがやってきたので、素知らぬふりをしてやりすごす。手の中には、まだパンの欠片が3つ、残っている。時機を待とう、とぼくは天空に向かって語りかけるが、ハトたちは皆、しばらくうろついた後、こいつはもうダメだという目つきでどこかに行ってしまう。手の中で固まったパン屑の塊は、自分で食べてしまう。彼女の足下には、まだ雀たちがまとわりついていた。

ぼくのプログラムの師と、何年かぶりに合い、お酒を飲んできた。新宿東口。ぼくがもっとも苦手な場所のひとつで、案の定、音もよく聴こえないし、空気が汚れ過ぎて喉も傷めた。だけれど、師との会話は面白く懐かしかった。ぼくらは献辞について話をした。やっぱり献辞っていいよね、と。献辞は、本を開いたときから始まる旅を終え戻っていく、その終着点を表している。そして同時に、その旅に出たまま帰ってこない誰かさんの場合は、後に残した誰かさんたちへの最後のメッセージでもある。

良い献辞を書きたいよね、といって、ぼくらは別れた。家に帰り、ぼくは彼女に、ぼくが本を書いたら、その献辞はきみに捧げるよ、という。リアリストの彼女は、きっとほんとうにその本ができるまで、リアクションを見せることはないだろう。だけれども、いずれにせよ、帰ってくるのかそのままどこかへ行ってしまうのかにかかわらず、道しるべは、そこにある限りそこにあり続ける。

道路の上に、割れた器

彼女と、ひさしぶりに美術館巡りをした。巡り、というほど見て回ったわけではないけれど、栃木県立美術館でやっていた2Dプリンターズ、国立新美術館のジャコメッティ展、そして横浜のトリエンナーレ。トリエンナーレは狭い範囲でとはいえ複数の会場を回ったし、最後は大霊廟IIも聴いてきたので、それなりに体力を使った。もちろん、これらすべてを同時に回ったわけではなく、数日がかりで。基本的には自分の研究のため、と言いつつ、実際には、まあ、趣味だ。

とはいえ研究は研究で、だから客観的にならなければならないとは分かっていても、相当に落ち込んで帰ってきた。ありきたりの話、古い価値観の話で、こんなことを言ったら怒られてしまうけれども、ぼくはやっぱり、美というのは、その向こうに圧倒的な、超越的ななにものかがあって、器としての人間がどうしようもなくそれに憑かれ、突き動かされ、そのなにものかがその器にあふれ出す、そういった現象の全体が芸術なのだと思っている。でも、多くのものが・・・それはもはや芸術ですらなく・・・ただただ承認欲求を満たすためにむしろ「芸術」を器としてぬるぬると肥大化した自我をげろりと吐き出すために使っている、そんな程度のものでしかない。そのことに、ほんとうに、心底疲れる。トリエンナーレは、99%が屑だった。あんなものに大金をかけるのであればむしろ・・・、と思わないでもないが、仕方がないものは仕方がない。ただ、誰が何と言おうと、屑は屑だ。そう言い切ることも能力のひとつで、ぼくは、少なくともそのおかげで、いま、自分に恥じることのない研究をやっているのだということを知っている。

ジャコメッティ展では、おわりの方に近い一つの部屋で、作品を撮影して良いことになっていた。その部屋に入った途端、多くの人びとがスマートフォンやコンデジで写真を撮り始める。ちょっと、異様で、ぼくは怖くなった。シャッター音自体が、部屋を暴力的に満たし、あのなかでほんとうに芸術を写しとることができると信じているひとがいるのなら、恐らくだけれど、そのひとは芸術を必要としないひとだ。もちろん、写真を撮って良いのなら、それは撮れば良い。別段、ぼくはマナーの話をしているわけではない。すべてを記憶におさめることこそが素晴らしいのだとは思わないし、第一、ぼくだっていろいろなところに行って、いろいろな写真を撮る。だけれども、あの場、あの雰囲気は、確かにそういった状況を分析することこそが自分のいまの研究テーマのひとつではあるのだけれど、それにしても恐ろしすぎた。病的な反応だとか何とか、そういった反論があるのなら、それはそれで構わない。ぼくは善人ではないので、無駄な会話は、どのみち、しない。

国立新美術館のジャコメッティの作品は、無論、素晴らしかった。それはそれとして、トリエンナーレでは、個人的に非常に興味を持った作品がひとつあった。Ian CHENGの《使者は完全なる領域にて分岐する》というCG作品。人間性が完全に排除されているにもかかわらず、確かにそこに何らかの知性、世界を感じさせる。ほんとうにそうかどうか、ということではなく(ぼくはそもそもカーツワイル的シンギュラリティなど、阿呆の戯言だと思っている)、それを感じさせるだけの奥行きがあった。

あ、もうひとつ、作品に対する評価とは別の次元の話だけれど、大霊廟IIで自動演奏機械群に動力としての空気を送り込むためにふいごをぶーこ、ぶーこと踏みしめ続けるひとたちが居て、作家本人と女性アーティストのペアでぶーこぶーこしているのが、音楽よりも、なぜかとても良かった。まあこれは、ちょっと相当長文を書かないと、何が良かったのかを表現できないけれども。

それから、2Dプリンターズで、びっくりしたのだけれど、アンゼルム・キーファーの小品があった。やはりあれも素晴らしい。展示方法は酷かったけれど(2Dプリンターズは、残念ながら、企画が完全に失敗だったと思う)。

だけれども、上に書いた器、ということでいえば、Wael SHAWKYの人形劇作品、「十字軍芝居 聖地カルバラーの秘密」は圧倒的だった。本来の作品の一部上映らしいが、それでも2時間の上映時間。これは、とにかく胸を打たれる。機会があれば、ぜひ、見逃さずに、ラストまで見てほしい。音楽も歌もカメラアングルも人形も、とにかくすべてが完璧だった。ぼくが生半可な知識で神学について1,000時間語るよりも、あのラストの5分(そしてそれが生きるための、結局のところすべての上映時間なのだけれど)の方が1,000倍の意義を持ち、いや、意義などを超えて、神を伝えるだろう。人形劇はときおり、こういうとんでもない傑作を生み出す。

それで良いのかもしれない。1,000の器のなかで、ほんの幾つか、心を惹かれるものがある。芸術に限らず、論文も、小説も、音楽も、多くのものがそうだ。そんなことはあたりまえで、昔は、足で稼いでそれを見つけていた。いまはもうそれだけの体力がないけれど。でも、歩ける限りは、歩かなければならない。そうしなければ、自分の心自体が、どんどん衰弱していってしまうから。

この連休中は、大阪へ行き、そこでひさしぶりにじっくり、自分のほんらいの研究について仲間たちと議論してきた。今回の論文では、バイオアートについてだいぶページを割く予定で、これから年末にかけては、そういったことを意識しつつ、幾つかの美術展やイベントを観てくるつもりでいる。

ぼく自身も、願わくば、研究において、自分がひとつの器であるような在り方を目指したい。そうできるかどうかは分からないけれど、もしできないと分かったのなら、そのときは、潔くすべてをやめるべきだろう。その程度の覚悟なら、いま、それをほんとうに幸いだと思うけれど、自分のなかには最初からある。

天命ドライビング

プログラムを天職だと思ってやってきて、実際天職だし、いまでも新しい技術はいくらでも覚えられるし、新しい言語だっていくらでも覚えられる。趣味で何かを組むのは何よりも楽しいし、パソコンを買い直したらまず開発環境を構築する。開発環境とキーボードと自分の脳みそがあれば、大抵のことはできる。もちろん、太陽や風や波や、そんなものは別だけれど、それはそれで、扉を開けて外に出れば良い。

でも、最近、物理的な限界を感じる。物理的なというのは、ぼくは身体/精神/魂の三次元論者で、身体と精神をこの世に属するものだと思っているので、結局のところそれは身体/精神の両面において、ということだけれど、いまの仕事を続けることがだいぶ困難になってきている。いまの仕事先は、そもそも大学に入りなおしたいので辞めさせてくださいというようなやつと、条件を変えても契約してくれていたところなので、とてもありがたいと思っている。けれど、これをあと十年続けられるかというと、ちょっともう、想像できなくなっている。毎朝、二時間くらい気合いを錬成してからでないと、出社することができない。

別に暗い話ではない。ぼくは自分自身についてはいっさい暗いことを考えない。どのみち、どうせ最後はすべて爆発するのだ。普通に考えるとやはり何だか暗いトーンかもしれない。だけれど、実際には冗談と諧謔しかないトーン。適当にサプリメントを買ってきて、疲労にはビタミンと鉄分補給だよね! とか言いながら、ホームセンターで買ってきた適当なコーヒーミルで挽いたコーヒーでサプリを飲んだりする。そういう、なんとも言えない適当な生活の全体は、やっぱり、どこかですべてが可笑しくて、面白い。

自分が何をしたいのか、何をすれば食っていけるのか、何をすることを求められているのか、何が天命なのか。それを誰かは選択するのかもしれないし、他の誰かは強制されるのかもしれないし、また他の誰かは選択肢すら持てずにつかまされるのかもしれない。自分がどうかということについていえば、ぼくはほとんど悩んだことがない。

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雑誌の発送作業をするために研究仲間の家にお邪魔した。作業を終えて一息ついていると、彼が、昔中国へ旅行に行ったときに買ってきたという、小さな、仙人だか道士だかの人形を三体くれた。彼の家を訪れた人びとには、それらを贈るのが慣例なのだという。なるほどと思い、彼が選んでくれた仙人たちをありがたく頂戴した。彼女にも、という含意があるとのことだったので、家に帰ってから彼女にも見せた。彼女は早速、紙粘土を買ってくると自動車を作り、仙人たちをそれに乗せ、ついでに、ずっと以前、ぼくが仕事中に上司にもらったまま、家の机の上に転がっていたピーナッツに顔を書き、そいつも一緒に乗車させた。

ピーナッツ野郎がぼくだ。どこに行くのかは分からないけれど、天命とやらがアクセルを踏み続けている。

外宇宙フローラ

ひさしぶりに嫌なイメージが降臨してしまい、それが右の手のひらだったので、ちょっと困った。物理的に彼女に触れていればそのイメージを抑えることができるのだけれど、そういうときに限って、仕事で不具合が発生して緊急対応をしている最中だったりする。けれども、そういうイメージにはきっと何かしらの意味があるのだと思うし、そこにある予兆を読み取ろうとすること自体は面白い。いまでもそれは残っているけれど、冬になるころには消えていると思う。そして冬には冬で、きっと冬らしい別のイメージがまた身体に憑くことになる。けれども、いまこれが出てきたのは、恐らくここしばらく苦闘していた研究会誌をようやく発行でき、その反動で緩みが生じたからだろう。

そう、先月末に、ようやくいま参加している研究会の会誌の第二号を発刊できた。今回はほんとうに大変な思いをして作ることになったけれど、それだけの価値はあると思う。と同時に、それは発刊された時点で既に過去のものであり、気持ちはもう次の号に向いている。次の号では、腸内細菌からスペースデブリまでを統合的に捉えるような視点を構築し、人類のコミュニケーション史を再定義していく・・・、ということをやろうと思っている。例によって書き始めるとまったく別のものになるのだろうけれど、でも何となく面白そうでしょ?

まあなんかそんな感じで、相も変わらぬスタイルで哲学をしている。基本的にぼくは無害な性格だし、アカデミックな世界に対して利害関係を持たない人間なので、多くの人びとが、ぼくが何をやろうとも無関心か苦笑いで放っておいてくれる。いま一緒にあるひとつの学的フレームを構築しようとしている研究仲間以外には、もうほとんど数人くらいとしか関係が残っていない。それは喜ばしいことで、どのみち哲学なんてものは結局のところ独りでやるしかないし、独りで穴を掘りつづけたら不意にどこか明るい所へ抜け出てしまったという形で、再び皆と再会したりしなかったり、そんなことで良いのだと思う。それが何十年後、何百年後であったとしても。あるいは何億年後であってさえも。物理的な何かが残っていようがいまいが、それはたぶん、あまり関係はない。

ただ、それはそれとして、こんなことを言っているだけでは食べていけないので、数か月くらい前から幾つかの投資を始めた。何しろ生き残らなくてはならないし、そのためにどのような線を引き、選択をするのかというのは、自分にとっての美学や倫理をリアルに認識しなおすという意味でも、思った以上に面白い。そしてありふれた言い方だけれど、そこにはそれなりの、無視できないリアリティも確かにある。幾つかは自分の研究を直接実装し、検証することにもなっている。それにそもそも、ぼくは純粋にゲームが好きなのだ。

絶対に権力を持つべきではない過剰なまでに倫理的行動を強要しようとする自分や、株やら何やらのチャートをモニタ上に並べてニヤニヤしている糞野郎としての自分まで、そういった多面的な「人格」とやらをナニカが眺めている。そうして、そういった分裂しているようにも感じられるすべてを統合し得るような枠組みを、そのナニカを経由して言語化、体系化し書き留めていく。第二号を発刊したあと、仲間と集まって次号の打ち合わせや今号の総評をした。そのなかで、ぼくの論文は、メディアやテクノロジーを扱っているように見えて、実際には神の問題を扱っているんだよね、と言われた。これは、自分自身としても納得の行くコメントだった。ただしそれは好意的なものというより、だからぼくの論文は(その一点を踏まえて読まないと)何を言っているのかさっぱり分からないのだし、そもそもそこで漠然と描かれている存在は一神教的な神であり、その点でも日本的な風土には合わないのではないか、という批判を含んだものだった。これもまた、極めてまっとうな批判だと感じた。だけれども、それが自分の在り方なのであれば、もうそれは仕方のないことだ。

ぼくは何しろ、嘘ではなくて、自分でも驚くほど穏やかな人間だ。そしてこれもまた驚くほど目立たない人間でもある。その全体から漂うありきたり感が気に入っているけれど、でも、最近、もしかすると、他の誰もがそうであるように、自分もまた自分なりのかたちで異様なところがあるのかな、と思うようになった。そしてどのみちそれもまた、大したことではない。誰もがそうであるところの、それぞれ固有の異様さは、つまるところ人間が在るということの原理を映しだすための、ひとつの固有の装置に過ぎないのだから。

もちろん、すべて嘘なんだけれど

家の庭にはいろいろな生き物が居る。ぼくは生きているものが好きだから(死んでいるものも好きだ)そのこと自体は嬉しいのだけれど、苦手な生き物も大量に居るのが困ったものだ。直接は害がなくても苦手な生き物、直接害がある生き物、それこそ何十種類となく住んでいる。春になるとその連中がいっせいにもぞもぞ地面から這い出してきて、この時期、朝、雨戸を開けるのはそれだけで恐怖に打ち勝つ英雄的な精神力が必要だ。目を向けなければ良いと思うかもしれないけれど、苦手な生き物発見センサーはオートサーチ機能を停止できないので、目が勝手に動いてどこにいようが必ず彼らを探し出してしまう。庭の朽ち木にはサルノコシカケが生えていて(生えているというのかな)、特にそのあたりにはいろいろな生き物がやってきて腰を下ろしていたりする。いやほんとうに座っている訳ではないけれど、いかにも居心地良さそうにのほほんとしたりしているのを見ると、やっぱり腰かけているのかな、などと思ったりもする。農学の博士号を持っている人間としては致命的に土と有機物が苦手なので、ぼくがそれらの情景全体を愛でることができるのは、あくまでガラス越しの安全圏からのお話。だいぶ以前、相棒が家に来てくれて梅の木に登り実をもいでくれたときには、彼女が傍に居る限りはぼくも防御力アップ的な感じで一緒に庭に出ることができた。でも心の中では、苦手な虫が足にでも這い登ってきたらもう彼女と一緒に死のう、などと思っていた。

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他のプログラマが作ったプログラムがあり、それにどうやらバグがあるらしい。緊急で調査しなければならないのだけれど、作った担当者はもう居ない。結局、ぼくがその調査をすることになった。とはいえ、この仕事をしているひとなら分かってくれるだろうけれど、仕様書もない、設計書もない何万行というプログラムを数日で解析してバグを直せ、などということは不可能だ。ぼくはそもそも論理的思考というものが苦手だし、プログラミング言語を魔法か何かだと思ってこの二十年近くコンピュータと向かい合ってきた。ただ、これは無茶な要求に対しては意外に有効で、よほど才能があるのではない限り、ロジカルに問題を追うのにはロジカルに妥当な時間がかかる。けれども魔術に頼るぼくの場合は、ほぼ瞬間的に問題個所を見つけることができるか、あるいは火炙りに遭うかのどちらかだ。そんなこんなで、まっとうな調査は端から諦め、InとOutで不具合をひっかけられるテストプログラムを組み込んだ。そのテストプログラムは何時間かに渡りテスト用のデータを送り込み、出てくるデータを監視してくる。優秀な使い魔みたいなもの。その使い魔が一生懸命働いているあいだ、こっそり論文を書いていた。ものすごく眠いなかでこんなことをしていると、頭の片隅で自分が担当しているプロジェクトのプログラム構造を考えつつ別の片隅で論文を書き、また別の片隅はモニタ上に現れた別の世界の幻覚を眺めていたりする。そんなことをしているうちにビープ音がなり、使い魔がバグを見つけて抑え込んだよと教えてくれる。そうなってしまえばバグを消すのは簡単だけれど、幻覚の中でそのバグは生きてもぞもぞ足掻いているのでふと哀れになり、少し形を変えて無害にしつつさらに安全な迂回ルートを作ったりしてそのまま野に放つ。

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昨晩の零時まで論文を書き、書き上げ、送信してしまった。だから、もう次の論文の準備を始めなければならない。いまは様々な分野に跨り、というよりも分野など無関係に、雑音についての資料を集めている。何の意味があるのかはまだ自分にも判然とはしていないけれど、自分の嗅覚は信頼している。ぼくの書く論文は、大抵、ネガティブなことばかりと言われる。そういう阿呆な意見につき合うほど暇な人生を送ってはいないけれども、そもそも、ぼくは彼ら/彼女らのいうポジティブ/ネガティブという言葉の意味がよく分からない。表層的な楽しさが実は人生における真の喜びに直結していることもあるし、ただ無意味な享楽に過ぎないこともある。苦しみのなかにこそ存在することへの喜びが隠されていることもあるし、救いのない苦痛のなかで死んでいくこともある。魂の次元での言葉を、肉体の次元での言葉に透かして書き込むことさえできないのであれば、そのひとはもう、少なくともぼくにとっては、哲学者ではない。

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在るということは、決して楽しいことでも、明るいことでもない。だけれども同時に、そこにある苦しみや恐怖によってこそ、ぼくらは存在していることへの真の喜びを感じることができる。ぼくはそんなふうに思っているし、そんな論文を書きたいと、常に願っている。

その時幽霊が喋り出す

相棒とおそろいのPHSを購入した。持ち込みで機種変更をしなければならないのでまだ使えないけれど、シンプルなストレート端末で質感もしっかりしているし、通話の音質が高評価の機種なので楽しみだ。おそろいの端末というのも、会社に入ってしばらくしてPHSを買ったとき以来だから、何となく嬉しい。PHSは、もうどんどんサービスが縮小していく方向だし、これが最後の機種になるかもしれない。たぶん十機種近く使ってきたのではないかと思う。データ通信用の端末も含めたらもっとかな。寂しいけれど、仕方がない。でも、いわゆる携帯電話の頭がおかしくなるような音質など冗談ではないし、スマートフォンも個人的には趣味ではない。だから、どうにかして、次世代のモバイル通話デバイスが現れるまでPHSで粘ろうと思っている。無理か。でも、この機種はトランシーバーにもなる。PHS回線がサービス停止になっても、散歩に出かけたとき、わざと少し離れた道を歩きつつ、ふたりでこっそり会話を交わそう。

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最近、少しずつ父の遺した書類の整理をしている。いらないものはシュレッダーにかけてしまう。ときおり、面白い書類があったりして、そういうのは個人的にとっておいたりする。先日はアメリカの地図を発見した。アメリカ大陸発見。何様のつもりだ(突然の逆鱗スイッチ)。

覚えているひとがいるかどうかは分からないけれど、昔経産省が情報大航海プロジェクトなるものをやっていた。情報大航海! こういう言葉のセンスのなさにはほんとうにがっくりする。どのくらいがっくりするかというと、この前東京駅近くを歩いているときにふとこのプロジェクトのことを思い出して、思わず膝をついて「もうダメだーっ!」と叫んでしまったくらいにがっくりする。近くを歩いていた白人男性が驚いていたので、「HARAKIRI!!」と叫んで逃げた。せめて「SEPPUKU!!」だろうといまにして思う。でもどうなんだろう、経産省の役人が「俺たちは情報化時代のスペイン人だぜ、モラベックのいう電脳生物たちを隷従させるために税金を無駄に注ぎこんでこの電子の海に乗り出すんだぜへいへい!」とか本気で思っていたとすれば、それはそれで、ちょっと狂気じみて突き抜けているかもしれない。

もうひとつ、最近ひどくがっかりしたこと。SONYと東大が人間拡張学なるものを立ち上げるという記事を読んだ。例にってギブスンのニューロマンサーが、何も分かっていないような阿呆な引用をされている。「私はまったく文学が分かりません」ということを高らかに宣言して恥じることがないというのは、確かにひとつの才能ではある。ではあるけれど、ぼくはそんな能力はいらない。驚くほど無能な連中が恥もなくメディアについて、人間について語る。最近、研究者という人種の99.99%は、要は言葉を使えない可哀そうなひとたちなんだなということが分かってきた。それは奢っているとかいうことではなくて、単純に、絶望的だし、恐怖しかない。

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それはともかくアメリカの地図の話だ。これは面白かった。ちょっと独特の立体感のある手書きの地図。どんな使い道があるのかは分からないけれど(何しろカナダからメキシコに至る広大な土地が描かれているのだから)、例えばルート55がどこをどう辿っているのかとかは追えるし、小説でしばしば目にするけれど、周辺にどんな山脈や川があるのかなどを知らなかった街を見つけたりすると、とても楽しい。あまり見ない感じの地図なので、父はいったいどこで買ったのかなと思って調べてみると、オールドフリーポートという会社が販売していたらしい。残念ながらいまではもう営業はしていないようだ。法人登録されている情報から住所を調べ、google mapで見てみても、該当するような店はなにもない。もしかすると個人の住宅で何かしら営業しているのかもしれないけれど、そうだとすると父が何故それを知ったのかが分からないし、この時代、サイトもなしに営業しているとは思えない。だから、いったいどんなお店で、どんなふうに父がそれを見つけて地図を購入したのかは、もう想像するしかない。

彼女とふたりで地図を広げて眺めながら、ネットには実はまったく情報ってないよね、と言う。当たり前でしょ、と言われる。二人でゆっくり、指でルート55を辿っていく。

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次の論文に向けて資料を集め始めている。そういうときにふと目に入ってしまう本というものがあり、ついつい買ってしまったりするので、結果、自分の周囲が大変なことになっていく。あと5日でいま書いている論文を仕上げなければならないので、趣味の本を購入してにやにやしている場合ではないのだけれど、まあ仕方がない。だって本読みなんだもの。ものもの。MONONOFU!! きょう買ってしまったのはシュテン・ナドルニーの「緩慢の発見」(浅井晶子訳、白水社)。まだ読んでいないけれど、けっこう良い本なのではないかという予感がある。

でも、趣味の本と言いつつ、それだけではないようにも思う。ぼくも、結局のところ極めて限定された属性に縛られている人間なので、いくら手を伸ばしたところで、手に入れられるのは手に入るものだけだ。それでかまわない。ここまで書いてきたことのすべてが、どこかで通底している。その通奏低音に耳を傾けると、不思議と、自分の研究が浮かび上がってくる。それを正確に測量して、論文に書き起こしていく。

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そうそう、そのマップ、まだ売っているのは発見した。
http://www.wall-maps.com/UniqueMedia.htm
この会社、他にもいろいろな地図を売っている。大航海なんてものに興味はないけれど、父が買った地図を売っている店をネットで見つけてみたりして、そんなことの全体に、何てことないおかしみや寂しさを感じたりしている。