網戸越しに見える遠くの木々

仕事帰りにいま住んでいる町を歩いていると、時折ケーキを買うことのあるケーキ屋さんがまだ開いていました。もうそれなりに遅い時間なのですが、そういえば以前、ガラス扉に書いてある営業時間が長いことに驚いた記憶があります。最近、毎週金曜日の夜には、彼女とふたりで「生き残った記念日」を開催しているので、きょうはケーキを買って帰ろうと思い、お店に入りました。そのお店はもうだいぶお年のご夫婦が営んでいるのですが、きょうはおじいさんが店番です。うーん何にしようか悩みますねえ、などと話しながら選んでいると、おじいさんがぼくに、曇っていますか? と尋ねてきました。そういえば、遥か遠く海沿いの工場を出たとき、もう真暗で、月と星がきれいだったのです。だからぼくはおじいさんに、いや、曇っていませんね。ここの空は見上げなかったので分かりませんが、私の職場の方はきれいに晴れていましたよ、と答えます。するとおじいさんは笑って、いえ、ショーケースのことです、といいます。なるほど、ショーケースは一部が水滴で曇り、ケーキの幾種類かはよく見えません。ぼくも笑ってしまい、笑ってしまい……、いえ、このお話、特に落ちはないのです。ぼくはケーキを二つ買って帰りました。

落ちがないまま、ぼくらの日常生活は続いていきます。ここ数ヵ月は原稿を書くという点では非常に厳しい環境にあり、新しい文章を書いているかというと、普段に比べると十分の一がせいぜいです。年を取るにつれ、雑事ばかりが増えていき、しかもそれは単なる雑事ではなく、布団越しの重いパンチのように徐々に気力と体力を奪っていくような雑事です(いつか書こうと思いますが、怨念の籠った脅迫状のようなものを受け取ったりもしました。とても悲しいお話です)。

それでも、同人誌仲間のひとりの人間関係のおかげで、この数ヵ月の間に、二つの美術館のミュージアムショップに、ぼくらの同人誌を置いてもらえることになりました。そのうちの一つには彼女とふたりで泊りがけで覗きに行き、あたかも無関係な人間のようなふりをしつつ、おや、素敵な同人誌だねえ、これは買わざるを得ないねえ、などと絶叫しつつ一冊購入し、売り上げに貢献してきました。

それからもう一つ、これもここしばらく幾つかの出版社に企画書を送っていたのですが、そのうちのひとつの出版社に目を止めてもらえ、本を出せることになりました。ほんとうは叢書として企画していたものですが、研究仲間はそれぞれのタイミングもあり、ひとりはこことは別の出版社から出すことになります。でも、研究者としても出版社としてもそれぞれに独自のスタイルがありますし、それが合っているところと出会えることになったので、叢書ではなくなりましたが、結果的にはお互いにとって良かったと思います。こういうのって、やはり縁ですし、僥倖です。

ぼくの本についていえば来年中には出版したいので、予定としては年末までに原稿を仕上げなければならず、冷静に考えるとかなりやばい状況のような気もしますが、今年の最後のころには新しい家の本棚の部屋ができているはずなので、お休みの日にはそこに籠って、ぼくが見るこの世界の在り方をじみじみ書いていこうと思います。

本というものは、いうまでもなく、独りで作ることのできるものではありません。良い論文を書けばそれが本になって、しかも良い本になって、とは、ぼくは考えません。そうであるのなら、それは原稿だけ剥き出しで電子書籍か何かにして、Amazonででも売れば良いのであって、かつ、それは決して悪いことではない。けれども、それはぼくにとっての本ではない。古いタイプの人間であるぼくは、本は、やはり紙であり匂いであり、デザインであり、重みであり手触りであり、フォントであり、余白であり、それらすべてです。ページを捲るときの音、それを読む環境、そのすべてです。筆者だけではなくそれを見いだした編集者、デザイナー、DTPの担当者、流通業者、書店の人も、いえもっともっとたくさんのひとたちすべてからなる途轍もない総体の焦点として、ある一冊の本は現れます。

そういう本を作りたいなあと思います。そうはいっても、結局のところぼくにできるのは原稿を書くことだけです。ロジカルなだけのものではつまりませんし、小説になってしまってもいけません。そのどちらでもありどちらでもないような世界を書くこと、あるいはそのように見えている世界を書き表すこと。そしてそれを伝えること。どこまでできるかは分かりませんが、哲学というのはだいたいにおいて喰っていくには向いていないもので、それならせめて、ぼくにとっても、一緒に本を作ってくれる人たちにとっても、そして何よりそれを読んでくれるひとにとっても楽しいものになってくれるよう、地道に書いていこうと思います。

逆アーティスト・イン・レジデンス

もう一年近くブログを更新していませんでした。この一年、ずいぶんといろいろなところへ行き、いろいろなものを見てきましたが、ぼく自身は何も変わっていないようにも思います。

いまは彼女と二人で住んでいる家を建て替えており、その間、友人の彫刻家の家に住まわせてもらっています。彼はいま日本に居ないので、ぼくら二人には広すぎる家の片隅で、ひっそりこっそり、人生におけるある特別なひとこま、ある種の逆アーティスト・イン・レジデンスのような生活をしています。一階には天井の高いアトリエがあり、そこで金魚を飼ったりしています。

この一年の間に二本、論文を書きました。一本は自分にとってメインの研究になるもので、よくまあ書き上げたものだと、後になって振り返れば二度とは書けないだろうと感じるほどの苦労しましたが、それだけのものにはなったと思います。あとの一本はつい最近書き上げたもので、いま流行りの、というにはちょっと古いですが人新世に関するものです。これは依頼原稿なのでどちらかといえば自分の興味とは別のもので、あまり尖ったものではないのですが、とにもかくにも研究者としての人生もそれなりには歩んでいます。

この前、建築中の家に、建築家と一緒に行ってきました。二階に上がる階段もまだなく、梯子を上るしかありません。するする登っていくフィールドワーカーである彼女の後ろを壊れたロボットのようによちよち這い登ると、そこには壁全面を本棚にした部屋の原型がもうできかけています。人文学をやっている者として、やはりあるところまでは本が必要ですし、本とともに在るような人間でなければまともな研究はできないとぼくは思っています。それは、過去の偉大な人びとの名前を借りて威を誇るようなことではなく、純粋に、かつて在った言葉とともに在れるか、ということです。これまでは頭の中にだけあった自分だけの図書館を具体化したこの部屋ができるのは、ほんとうに楽しみです。それは、手を伸ばしたところにその言葉が待っていてくれる、言葉がぼくを呼んでいるところに手を伸ばせるという、身体行動に直結した喜びです。

無論、いままでもそれは頭の中でやってきたことなのですが、けれどもやはり、書くということは本質的に身体的なことです。階段を上り下りするだけでもリズム感のなさが露呈するぼくのような人間でさえ、言葉には、あるいは言葉を書くという行為には、どうしようもなくリズムが伴う。だから書きながら踊ったりもする。そうすると頭がどうかしたのかみたいな目で見られたりもしますが、お金をくれない人の評価は気にしない! という最低なスローガンを掲げるのがぼくという人間なので、踊りながら論文を書くのです。けれどもそれは脳内に配置したぼくの手持ちの本と記憶された本へアクセスするための手続きで、この部屋ができれば、それをこの物理的な世界における表現へとシフトできるでしょう。

とはいえ、それはまだ先のお話です。その部屋ができる前に、まずは次の論文を書かなければなりません。というわけで彫刻家の家に本を持ち込み、本を買い込み、既にだいぶ積み上がってしまっています。手持ちの本でさえ、育った家と一時的に借りているトランクルーム、そしていまの仮住まいと三箇所に分散しています。それらを移動させたり掘り出したりしながら、脳内図書館と物理的な配置のマッピングを常に更新しつつ、新しい原稿を書き始めています。

ぼく自身は最近、研究というものは、あるいは論文を書くということは、ひとつのパフォーマンスアートなのだと思うようになってきています。ぼくはある種の全体論的なメディア論の立場を取るので、論文というものも、できあがった電子データなり印刷物なり上の言葉の塊というだけではなく、書いていたときのぎこちないダンスのステップ、ふっと言葉に呼ばれて本屋に彼女と行って一冊の本を手に取ったその瞬間、あるいは次の言葉のリズムが取れなくて「あああああああ」と打ち込み続けるその打鍵の音と感触のすべて、いやもっとたくさんのすべてだと感じています。無論、振り返ってみれば拙い論文ばかりですが、拙いと思うことと誇れることは両立します。誇れるというのは、ぼく自身の能力を超えてそこに在り、何かを語っている言葉たちに対する信頼です。

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ある日、彫刻家と話をしていたとき、ぼくの言葉は極めて攻撃的だと言われました。それは彼の活動を「対話」という言葉によってまとめた極短いステートメント(の叩き台)についてのコメントだったのですが、そのように指摘をされて、深く納得しました。どちらかといえば、というよりも露骨にぼくはコミュニケーションが苦手ですし、過剰な丁寧さによって薄気味悪がられるような人間です。他方で彫刻家は極めてアクティブでオープンな人間で(それが彼の本質というわけでもないのでしょうが)、ある面において徹底してオフェンシブな人間です。でも彼の言葉にはしなやかで強いオープンマインドネスがある。そして確かに、言われてみればぼくの言葉の本質は攻撃的です。それは相手に対しても、自分に対してもそうです。良いのか悪いのかということではなく、本質的なところで何かを壊そうとしている。というよりも、壊れないでいられると思っているものに対する憎悪と激怒と恐怖がある。

だけれども、所詮、そもそも人間の本質に善悪のラベルを貼っても、たいして意味はないでしょう。それが自分の本質なら、それとともに在れば良いだけのことです。そして、それがいちばん難しいことでもあります。

弾が一発しかなくても用を足すには十分過ぎます。他方で、弾が九十六発あれば、それはそれでやったぜ! と思います。だけれど構えるときのスタイルは一定で、狙って撃つということは常に一瞬で永遠です。どれもが本気で一回きりで、目指すは攻防一体の舞。いずれにしてもこの逆アーティスト・イン・レジデンスの期間に、自分のスタイルを確認できたのは得難いことだったと思います。

コントラストロノーツ

とある打ち合わせのあとに時間が空いたので、彼女とふたりで、目黒の庭園美術館でやっている「ブラジル先住民の椅子―野生動物と想像力」を観てきました。この美術展のタイトル、そんなに単純に受け入れられるようなものであってはならないと、個人的には思います。先住民とか野生動物とか想像力とか、そういった言葉遣い、言葉の並びのなかには、どうしてもある種の無自覚的な暴力性が伴わざるを得ないからです。展示の最後の方では現地で撮影したドキュメンタリーを上映していて、そのラストで、製作者たちがひとこと、自分の名前を言ったりするんですね。それは凄く印象的なシーンなのだけれど、でも、そこで彼らが自らを「アーティスト」であると名乗る、自己をそのようにして規定せざるを得ない、そのことの背景にあるものに、やはりぼくらは注意深くあらねばならないと思うのです。それを眺めているぼくらって、いったい誰なんでしょうか。その「誰」とは、いったい何を準拠点として計測されたものなのでしょうか。

でも、それはそれとして、動物たちの椅子はユーモラスで美しいものでした。特に最後の部屋では、黒ベースが多い椅子と白い部屋との対比、そして木の椅子の美しい曲線と白い床に落ちるシャープな影との対比が見事で、めずらしく展示方法として成功しているように思いました。けれども、そこかしこに白いクッションが置かれ、観客がそこに凭れてスマートフォンを弄っているのですが、それはどうなんだろう。これはぼくの反応が病的であることを認めたうえで書くのですが、どうも、そういった人びとから滲みだしている自己意識というものがほんとうに怖ろしく、みなスマートフォンに集中しているので静かは静かなのですが、そこには同時に凄まじいまでの自己意識の叫び声が鳴り響いてもいて、想像力の対極にあるようにも思えるその叫び声に、ぼくはひどく消耗しました。

もちろん、「椅子かわいい」で何も問題はありません。そもそも問題のあるなしなどぼくに決められるわけでもありませんし、実際、下の写真だと伝わりませんが、いろいろな動物を象った椅子はそれぞれにほんとうにかわいいし、ユーモラスです。だけれども、そのワッとしたかわいさとユーモアのどこかに、寂しさがある。そうして、寂しさは同時に静けさでもある。物理的にはどのみち静かな展示室で、でも静けさとにぎやかさ、無音と騒音が幾つもの次元にわたって交差しているのを、彼女とふたりでぼんやり感じていました。

生活派

いろいろあって時間がかかってしまいましたが、ようやく最新の論文がアップロードされました。客員研究員として所属している研究所の、研究部会のウェブサイトから、あるいはぼく自身の(地味ですが)研究業績一覧を羅列しているサイトからダウンロードすることができます。このブログは基本的に匿名的な感じで書いていますが、ぼくの名前をご存じの方はすぐに検索できますので、興味があれば読んでもらえれば嬉しいです。今回は雑誌の表紙も良いので(まだオンライン版しかありませんが)、そちらもぜひ。

先日、長年深くかかわっていた学会をようやく退会できて、そうしたらほんとうに気が楽になって、自分でも驚きました。生きるってこんなに気が楽なことなんだ、みたいな。といっても、仕事の方が泥沼状態に陥っているので、どのみち人生全然楽ではないのですが……。

参加している学会の数が減ると、それはけっこう論文数に直接響いてきますし、特にぼくのようにニッチな研究をしている場合は、その影響は顕著に出ます。知るか、業績のために研究してんじゃねえよ! と、突然キレたりしつつ、何だかんだで楽しく研究しています。仕事は地獄だけれど。でも、苦しいとか楽しいとか、そういう言葉を一つ超えた次元で、やっぱり研究は楽しいのです。そして同時に、そこには生活もあるわけですしお金は欲しいわけですから、庭から石油でもでないかしら、などと環境倫理を一応やっている人間とは思えないような妄想に耽り、ニヤニヤしたりもしています。

毎日、会社に行くのが憂鬱です。それでも、3時間を少し切るくらいの通勤時間のあいだに、次の論文のための本や論文を読んでいると、とても幸せです。アイデアだけは幾らでも湧いてきますし、読んだ内容について議論をする相手だって頭のなかに幾らでも居ます。寂しいひとだ! 正直、パーマネントな職を持っているひとたちは、研究室を持てるというだけでも、というよりその一点においてのみ羨ましいのです。ぼくは、たぶん一番研究に時間を割いているのは、電車のなかです。だけれども、無いものを羨んでも仕方がありません。喰っていくということは生きる上でもっとも重要で欠かせないもので、それがリアリティを生み出します。だとすれば、哲学そのもので食べていけるだけのお金を得ていないぼくは、所詮は傍流でしかないのかもしれません。

だけれども、それこそ「知ったことか!」です。ペンと紙さえあれば、いえ、考える脳さえあれば哲学はできますし、それができないのなら、そいつには結局哲学なんぞできるはずもありません(哲学研究はできるかもしれませんが)。なんて偉そうなことを言いながら、実際にはノートパソコンとインターネットがなければ、論文執筆の効率も相当に落ちるでしょう。お金もないのに、耐震上の問題から早急に家を改築しなければならず、ならばついでに四方の壁全面を作りつけの本棚にした部屋をひとつ作ろうなどと妄想に耽り、再びニヤニヤしたりもします。繰り返しますがお金もないので、相変わらず株に手を出してちまちま小銭を儲けたりもしています。それでも最低限の線は引き、自分の倫理観に照らし合わせて納得の行く企業の株にしか手は出しません。

そんな、嘘と建前と破綻だらけの生活で、それでも、そういった全体からこそ生まれるリアリティがあるとぼくは思うし、そういったリアリティによって支えられる哲学だってあり得るのだとぼくは思います。そんな思いを抱きつつ、だからぼくは、最近、研究仲間の内で自分の立場を「生活派」などと自称して笑っています。あまり伝わりませんが、自分が笑えるのですから、それで良いのです。

今朝、ぼんやり庭を眺めていたら、ガマガエルがのそのそ姿を現し、しばらくしてまた壁の陰に戻っていきました。だからやっぱり、庭から石油などが湧いて出てきたら困ります。困ることばかりですが(もっとも石油は湧いてこないので、それについては困りません)、日常生活は所詮困ることの総体としてしかありはしないのです。だからせいぜい、壊れるまではこの日常のなかで、哲学をしていくしかないのでしょう。それはそれで、リアルで幸福なことだと思っています。

leaf

hasu

そう、ティコ・ブラーエのようにね。

もうきみがこんな話にうんざりしていることは十分承知しているけれど、また、家に「な」が出たんだ。昨晩、トイレに。だからぼくは、もう24時間近く手洗いに行っていない。水分はすべて汗で蒸発させようと、延々スクワットをする。汗くさくなり、お風呂に入りたいけれど、考えてみるとお風呂場なんて「な」の出現する危険性がいちばん高いところじゃないか。すべてがバラの香りとなって毛穴から出ていく銀河鉄道の夜の乗客でもあるまいし、何が何でも風呂に入らねばならぬ。だが入れぬ。思えばぼくの人生は「な」との闘争にのみ費やされてきた。すべて撤退戦だったけれどもね。――地獄ぢあ 地獄ぢあ、と、誰かが耳元で呟いている。だからぼくは、こんな世の中とはオサラヴァすべく、Oculus Goを買ったのさ。

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で、Oculus Goです。このブログ、ご存じのように何かのレビューとかできないししないので、特に使用した感想を書くというわけでもないのですが、でもまあ、子どものおもちゃだと思いました。良いか悪いかはともかく、基本的にそれ以上のものではありません。それでも、何しろぼくらが子どものころは想像もできなかったようなデバイスやコンテンツが2万円と少しで手に入るのですから、興味があるひとは手に入れても後悔することはないとは思います。とはいえ……その2万円というコストがほんとうに2万円なのか、ということに、ぼくらはもっと慎重になるべきなのかもしれませんけれども。

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ともかく、前にも少し書いたかもしれませんが、ぼくはVRというものは基本的にたいして評価していません。ですので、メディア論で論文を書くときも、原則、VRではなくAR、という立場で書いています。それは技術的な次元の話ではなく、造られたものと在るものの存在論的な差、ということです。その、在るものの変容こそを問う必要がある。

同じようにAIに対してもまったく評価を与えていません。あんなものはただの高速計算に過ぎない。とはいえ、だから凄い、ということも言えます。高速かつ大量かつ正確な、けれどもただの計算でしかない、というところにこそ、コンピュータが持つ凄まじいパワーの魔術性がある。そこにシンギュラリティだの知能だの、電通の戦略レベルにお粗末な話を持ってこられると萎える~、と思う訳です(ちなみに、MRに対しても、ぼくは電通的なコマーシャリズム以上のものを見いだせません。今後商業的にMRという名称が主流になっていくとしても、それは本質的な問題とは無関係だと思っています)。AIについては、また改めて書こうと思います。

ぼくは決して技術否定主義者ではありません。そもそもぼくの議論に対してそういう批判をしてくる連中の多くがまともにプログラミングすらできず、コンピュータの動作原理も知らずなので困ってしまうのですが、でも、所詮は技術なんです。そして「所詮」というのは、所詮人間に過ぎない、とか、ぼくらは所詮死ぬ運命にある、というのと同じで、そこには多くの意味が込められていなければならないものです。それが分かっていないなら、VRについてのメディア論の言説なんて、阿呆なものにしかなり得ない。現実も他者もそこに描かれないのであれば、VRは結局ただのスクリーン以上のものではないし、妄想の話をしたって、意味はありません。

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でも、「所詮」と同じく、「結局」だって、大したものかもしれませんよね。映画だって結局ただのスクリーンですが、ぼくらの人生に大きな影響を与えるような作品が幾らでもあります。もちろん、絵画や写真や映画とVRでは、根本的なところでまったく性質が異なっている。それは事実で、それが自分のいまの研究における――といってもここ三年がかりでやってきた研究であって、既にほぼ終息しつつあるものなのですが――重要なポイントになります。でも、ここではそのことはちょっと置いておいて、とりあえず共通点から考えると、その形式(写真や映画やVRヘッドセット)を突き破って、その向こうから現実や他者が現れてくるかどうか、ということが問題になってきます。

それがなければすべてはゴミだ、ということではありません。それにまた、現実や他者が現れるということは、政治的に正しくなければならないとか、現実の問題を扱わない娯楽作品は糞だとか、そういうことでもまったくありません。では何かといえば、それは端的に、意のままにならない、というところにあるのだとぼくは思います。圧倒的なリアリティというものの根本にあるのは、きっとこれです。自分の意のままにならない、という絶対的な直観。それが作品に命を与える。

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そういった意味では、実はARだって、現実なり他者なりに対して、意のままになるんだという幻想を、ぼくらに強烈に与える方向に機能することだってできます。商品としては、むしろそれが主なる意図です。VRだってARだって人間が生み出した技術だから、それは変わりません。でも、非常にざっくり言ってしまえば、造られたものと在るものの存在論的な差、というそのベースはまったく異なるし、その違いは無視できないものでしょう。それが、ぼくがARこそを議論の対象とする理由です。無論、ARの方が望ましい、ということではなく、その方がぼくら人間の在り方に本質的な影響を及ぼすだろう、ということです。VRは、まだ当分のあいだは、おもちゃにすぎません。

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でも、ひとつ、面白いアプリがありました。
“Notes on Blindness”というもの。このページに掲載されている紹介文をちょっと意訳してみます。

数十年に及ぶ恒常的な視力低下の後、1983年、John Hullは完全に視力を失いました。彼は自らの人生の激変を理解するための一助として、自身の経験をテープ上で文書化し始めました。このオリジナルの録音された日記は、失明に対する知識と情動に基づいた彼の経験の探究という物語の、新たな形式によるインタラクティブなノンフィクションというこの作品の基盤を成しています。

繰り返しますが、意訳です。そもそもぼくはフィーリングでしか英文読めないので。でも、この作品がとても良いのです。確かに映像は美しい。

notes on blindness
oculus goでキャプチャしたnotes on blindnessの一場面。実際にはもっと美しく、幻想的。

けれども、美しいだけであれば、それはただのビット情報に過ぎません。つまり、美しいということが表層的なイメージに終わるだけであるのなら。でもそうではない。あるとき、その向こうから現実が、他者が、イメージを突き破って圧倒的なリアリティとともに現れる。それがほんとうの意味で美しい。VRはぼくらにこことは異なる世界を体験させてくれるとか何とか、それはまあ、繰り返しますが、おもちゃとしてはそれで良いのです。でもほんとうの意味で異なるということであれば、それはどうしたって、このぼくの意のままにならない何者かがそこに在るからでしかあり得ないのです。そしてそうであるとき、VRとかARとか、そういった形式上の差異は、ほとんど無意味なものになっていくでしょう。

確かにVRでありつつもこことは別の、だけれども圧倒的な現実を描くことに成功している”Notes on Blindness”を眺めながら、そんなことを、改めて認識しました。何だか真面目な内容になってしまったな……。

そんな感じの論文を

再び仕事をさぼり、Memo Aktenの展覧会に行ってきた。展覧会といっても小さなギャラリーで、わずかな点数の作品が展示されているのみ。だけれども平日だし、実質貸し切りのようなもので、ゆっくり観ることができた。社会的評価や貯蓄など弥の明後日の彼方に投げ飛ばした対価として得られるのはこの程度のことでしかない。でも、ぼくにとってそれは悪くない取引だ。

展示してあったのはGloomy Sunday (2017)Waves: Violence Breeds Violence (2015)Equilibrium (2014)、あと2点……だったと思う。いわゆるメディアアートに分類されるものだけれど(でも、アートを分類する、というよりも何がアートで何がアートでないかというのを形式から決めるというのは、あまり意味がないよな、とも思う)、そういったものに関心があるひとは、行って損はないと思う。それはメタ的な意味で、だって、上のリンクをクリックしてもらえれば分かるように、作品自体はウェブ上で観ることができる。それこそ自分の好きな時に、好きな場所で、好きなペースで。わざわざギャラリーなどに行って観る、ということ自体、ベンヤミン的に考えればぼくらがせっかく手にした複製技術のもつ力を自ら捨てているようなものかもしれない。だから、そのメタ的な意味で、ということについて、少し書こうと思う。

観るということは、ただギャラリーに行ってその場に突然立っていて、ではない、それが重要なのだとぼくは思う。髪がぼさぼさだなとか、無精髭生えているけれど髭剃りないなとか、ジーンズ穴だらけだなとか靴は泥だらけだなとか、そもそも俺この一週間仕事以外で発声していないなとか、そんな状況で外に出るのも怖いし億劫だし、実際外に出れば人の視線が身体に痛い。無論そんなものはすべてただの被害妄想だと頭では分かっていても、じゃあお前ファントムペインはペインじゃないのか、という話だ。電車の乗りかえだって恐ろしい。誰もが殺気立っていて、ほんとうに生きて帰れるのかなあといつも考えてしまう。でも父さんは帰ってきたよ! と、突然パズーの物真似をしても心は晴れない。そもそもぼくの父は船乗りだったので、だいたい帰っては来なかった。

そんな思いをして六本木まで行く。六本木は、遥か四半世紀も昔、まだぼくらが十代だったころ、彼女に連れられて幾度も行った。小さな映画館や青山ブックセンターに行ったのを覚えている。得体のしれない連中が溢れかえっていて、毎回、ぼくはちびるんじゃないかと怯えていた。当時の彼女はなかなかにクールなガールで、思えばよくまあ、ぼくはつき合えたものだ。人生のなかでただ一度だけ、或る一つのものに執着するスイッチをぼくは持っていて、それをそこで使って、あとは一切の執着心を失ったポンコツ人生だけれど、悪くはない。

ともかく、六本木だ。二十数年プログラミングで食べてきて、メディア論が専門ですとか言いながらもスマートフォンを持たないぼくは少し道に迷い、例によって気合いと根性とおれは道に迷っていないなどという強烈な自己暗示によって目的地に辿り着く。最近トリスタン・グーリーの『ナチュラル・ナビゲーション』を読み直して、これは次の論文で少し触れようと思っているのだけれど、この本には都市におけるナビゲーションについても書いてあるので、「実地だ!」とか叫んでのそのそ歩く。スマートフォンを使わないことに意味はないのだけれど、PHSは何しろ通話時の音質が良かった。そのPHSも2020年にサービスが終了する。ソフトバンク地獄へ堕ちろと呪いつつ、考えてみればPHSだって、彼女と出会って使うようになったものだ。自己というものは苦しみと恐怖においてのみ実となる虚だという自分の思想の基盤も、案外、振り返ってみれば、彼女といるときだけ急に動き始めるぼくの生を考えれば、突飛な思いつきでもまったくないのだろう。

会場のArt & Science gallery lab AXIOMは、初めて行ったのだけれど、大抵のギャラリー(ここがそうなのかどうかが良く分からない。そもそもfacebookのアカウントを持たないぼくは、ここがどういう場所なのかも実は良く分かっていない)がそうであるように、ここもまた入りにくい。入ってみると、真正面にいかにも仕事のできそうなきりりとした女性が席についていて、不審者たるぼくがあわわ、あわわと訊ねると、とても丁寧に応答してくれる。その丁寧さと親切さが逆につらい。それでも、どうやら二階に展示されているらしいことが分かり、モウダメーダモウダメダ、と呻きながらどたどた階段を上がり、しばらくぼーっと、Aktenの作品を眺めていた。

きょうは雨が降っていた。家に帰ってきて、彼女のために麻婆豆腐と、卵とトマトの炒め物を作る。作ろうと思ったけれど、この時期、ぼくの苦手な生き物が時折台所に出現する。先週もそれが現れた。家に帰ると、まずは敵地を制圧するときの特殊部隊員のように、いやそんなん知らないけれど、一部屋一部屋、家具毎に、そしてすべての陰を一瞬でチェックし、クリア! と叫ぶ。その日、流しの、視界の陰になっているところを覗いたら奴がいた。あとはもう、頭のなかでブザーを鳴らし続けながら(思考を停止させるときの、子どものころからのぼくの手段だ)塩で防衛ラインを引き、彼女に救援要請のメールを一分毎に送りつつ、5メートルの位置から膝を抱えて夜まで蹲っていた。

きょは幸いその生き物も居なく、音楽を流しながら鼻歌交じりに料理をする。仕事から帰ってきた彼女と夕食を取り、料理の出来の悪さについて検討会を開く。

洗いものが終われば、あとは論文の時間だ。きょう観たAktenの作品を思い出しながら、ぽちぽちと文字を積み重ねていく。思い出すために彼のサイトに上がっている作品を見かえしたりする。

この日のすべて、この日にいたるすべての、その全体のなかにこそ、メディアアートというものが現れてくる。そんな論文を、いま書いている。

ブック/ライフ/タイム/スパン

ここしばらく、仕事でソフトウェア開発入門編のようなものの講習会をしていた。全4回なのでやる意味があるのかどうかという感じではあったし、そもそもハード屋さん向けの講習だったので、ぼく自身も講習生も、ともに何だかピントがずれているなあと思っていたかもしれない(その会社の戦略上、ハード屋さんにもソフトのことを多少理解しておいてほしい、ということがあったらしい)。それでも、ひさしぶりの本職での講師役は楽しかった。新しい知識も習得し直したので、総体的に悪くはなかったと思う。

そんなこともあったせいで、最近はずいぶんプログラムの腕を磨き直すことに時間をかけている。もうひとつ理由があって、それはいまの自分の研究上、それなりの技術力もないままに技術論はできないだろう、ということもある。スティグレール的に。技術論的なことに踏みこんでいるのに技術には暗いです、と開き直る哲学者は意外に……でもないか、非常に多い。でも、人間の在り方の根本には技術があると考えるのであれば、いやあ私は技術には疎くてねえ、などと呑気なことを言っている場合ではない。

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講習会の後半ではインターフェイスデザインについても少し話したのだけれど、ちょうど(大学の方での)講義で使おうと思って買っていたジョナサン・シャリアートとシンシア・サヴァール・ソシエの『悲劇的なデザイン』(BNN、高崎拓哉訳、2018)があったので、読み直してみた。これが面白かった。問題のあるデザインの実例が幾つも挙げられていたし、語り口が平易で、インターフェイスデザインに興味のある一般のひと、要するにぼくみたいな人間にもお勧め。というと何だか軽いけれど、デザインが人を殺すこともある、ほんとうに重要で、失敗したときにはとんでもない悲劇を生み出すものなんだよ、ということが良く分かる。20年近く前、まだ会社員だったころ、新人研修でインターフェイスデザインについて教えるのに、電気ポットの例を挙げて話をしていた。そこでボタンの配置を阿呆な感じにしてしまったとして、或る誰かがやけどをする、その痛みをほんとうに、ほんとうに真剣に想像してみよう、みたいなことをやっていた。当時は自分自身の知識も経験も浅かったけれど、こういうテキストがあると、とても助かるだろうなあ、と思う。

そういえば『悲劇的なデザイン』にはヤコブ・ニールセンが出てきていて、ニールセンの『ユーザビリティ・エンジニアリング原論』、これはいま段ボールのどこかに眠っているので情報が定かではないけれど、当時の新人研修では、それをかみ砕いて使っていたのを思い出す。自分の人生の客観的な時間軸に沿った経過と、そのときそのときで買って読んできた本がマイルストーンとして結ばれた本読みの人生の主観的旅程とは、少しばかりずれがあって、それが面白い。

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今度出す論文では、近代的合理性のようなものについてずっと批判的(批判的というのは、地獄へ堕ちろ! ということではなくて、対象の本質を分析的に扱うみたいな感じ)に論考しているのだけれど、合理性というのは結局透明性であって、それがガラスの都市というイメージにつながっていく、とか、まあそんなブルーノ・タウト的な言及がちょっと出てくる。それはケヴィン・ロビンスというカルチャラル・スタディーズにおける中心的な研究者の『サイバー・メディア・スタディーズ―映像社会の〈事件〉を読む』(田畑暁生訳、フィルムアート社、2003)の引用。これも凄く良い本です。で、ある日、読む本もなくなってしまって、段ボールを漁っていたら、ずっと昔に買ったパウル・シェーアバルトの『永久機関 附・ガラス建築』(種村季弘訳、作品社、1994)が出てきた。買った本はすべて覚えているけれど、意識しないと思いださない。でも、ああ、これまさにガラスだよなあ、と思って読み直してみると、やはり批判的に面白い。でもって1994年といえば(出版されたときに買っているので)ぼくはまだ田んぼから出てきたばかりで、都会の大学で英語ばかり喋る連中に囲まれてみんなお洒落でハイソサエテーでもう田んぼにカエル! とかぐったりしていた時期だ。当時はこの『ガラス建築』、何が言いたいのか良く分からなかったけれど、いまになってみると、凄くストレートに理解できる。シェーアバルトの夢や虚勢。たぶんこいつ嫌な野郎だったんだろうなあ、とは思う。でも、その作品は、なかなか、全否定できるようなものでもない。

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あとは……そうだ、今回の論文では、木だって木同士でコミュニケーションしているだろ、みたいなことを書いていて、何だかこう書くと自分が何の研究をしているのか、これを読んでくれているひとにはまったく伝わらないのではないかという気がしてくる。別にクスリをやっている訳ではなく、極めて単純に、コミュニケーションとかメディアという言葉を捉え直すことで、この世界や人間といったもの自体の概念をちょっとずらして理解することができるし、それって必要なことだよね、みたいなこと。

それはともかく、木同士のコミュニケーションよね、なんてことを言うための参考文献としてDavid Haskellの”The Songs of Trees”(Penguin books, 2017)を手に入れた。英語が出来なくて大学を中退したぼくは、直感とフィーリングとグーグル翻訳だけを友達に原著を読むのだけれど(でも彼はヘブライ語が読める)、読んでいるうちに、あれ、この作者、何か記憶に残っているなあと思ったら、つい最近彼女にプレゼントした『ミクロの森』(三木直子訳、築地書館、2013)の著者だった。これはAmazonで注文したので、ぼくが家に居るときに受け取り、彼女が帰ってくるまで段ボールを開けずにまっていた。単に、開けるときの楽しみを彼女に取っておこうという心優しい謙虚で愛に満ちた我が気高く美しい心がそうさせたに過ぎなかったのだけれど、これが自分の命を救った。彼女が帰宅して、段ボールを開け、本を取り出したところ、ぼくの苦手なアレに殻の付いたアレ、殻が背中に乗っているだけでカワイイ~なんて頭がどうかしているような評価を受けるアレの写真が裏表紙に載っていたそうな(伝聞)。俺にその本を近づけるな! と、プレゼントだとはとても思えないようなリアクションで彼女にそれを押しつけ、あとはとんずらした。

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客観的にいえば、特に良いこともなく、将来も見えず、この年になって将来が見えないって、もうそれ見えるようになる前に将来が尽きるんじゃないかという気もしつつ、でもまあ、ぼんやりと本に囲まれて、その連続性とネットワークのなかで、何となく楽しく生きている。