いい映画ですね。生きていようという気になります。

また映画の話か、そう、映画の話なんですね。最近、友人からの仕事で大量のVHSをデジタルデータ化するということをやっています。仕事と言っても半分で、いや十分の一くらいかな、残りはぼくにとっても楽しみです。いまとなっては入手困難なものもあるし、ぼくも初めて観るものもあります。そんなこんなで少しずつですがまた映画の記憶が増えていきます。

などと言いながらもまずは『ヒート』。また『ヒート』。このひと本当にこの映画が好きで、憂鬱な気持ちになったり糞みたいな映画を観たりすると、独りで蹲って『ヒート』のラストシーンを観ている。でも今回は途中のシーンについて。アル・パチーノとロバート・デ・ニーロが一緒にコーヒーを飲むところです。ここもまた二人の演技がとにかく素晴らしい。演じるっていうのは、叫んだり変な顔をしたりフィルムに変な色を付けたりまあ何でも良いけれどそんなことではないのです。突然の激怒スイッチですけれども。ある人間の人生があって、その総体があって、それのすべてがこの、ほんとうにこの一瞬の表情、目つき、頬の微かな引きつりに出る。その説得力です。それが連続する。そしてセリフもまた良いのです。最初は山を踏むプロとそれを追うプロとして、真逆の立場で二人は話している。でもアル・パチーノがデ・ニーロに、そうじゃない生活はしないのかと訊ねる、するとそれがどんな生活なのか、二人とも分からない……。そこで一気にシンクロするのです、二人の人生というか魂の形が。で、夢の話になる。この夢の話がまた恐ろしい。内容は書きませんが、アル・パチーノは(いややはり書きます、ネタバレになるので観たい人は読まないでください、でも読んでもこの映画の素晴らしさはいっさい揺らがないことを保証します)これまで担当してきた事件の犠牲者たちがただ真黒に穴の空いた目で彼を見つめているという。ただ見つめている。そしてデ・ニーロは「俺は溺れる夢を見る」と返す。その夢の意味を問われて、「時間はある」ってことさ、と答える。これはどちらも強迫観念であり、その人が持って生まれて逃れられない魂の形の話です。そんなものを持っている人はほとんどいない。でも彼らは持ってしまっている。だから互いに分かる。だけれども同時に真逆なんです。アル・パチーノは無言で見つめられるから追い立てられ、デ・ニーロは自分が溺れることから逃げ続ける。だからどちらもどうしようもなく切迫しているし、どうしようもなく交わらない。互いにそれを改めて認識して、だからこの場面の最後に「二度と会わないかもな」というとき二人が薄い笑みを浮かべるのは、それは本心の笑みで、でもそうはならないだろうという切ない祈りの笑みでもある……。そしてこれが映画のラストシーンにつながっていくわけです。

いい映画ですね。生きていようという気になります。

もうひとつ、これはVHSから『ドリーム・チャイルド』。いまの時代だと映画化しにくいテーマかもしれませんが、主演……ではないのですが、チャールズ・ドジソン(ルイス・キャロル)役のイアン・ホルムが素晴らしい。いえ、途中までは個人的にはまったく共感できないし、ある意味ただ上手いだけです。それを言ったら老年になったハーグリーヴズも少女時代のアリスも、アメリカ人記者ジャックもハーグリーヴズの付添人ルーシーも、ぜんぜん感情移入できない。ストーリーもいまいち納得行かない(特に現代になってからの方)。でもそんなことはどうでもいいんです。これは名優イアン・ホルムが見せる最後の最後の演技、そのためだけにすべてがある映画なんです。取ってつけたようなハーグリーヴズのスピーチが終わって暗転し、ラストシーンへ。Jim Henson’s Creature Shopによるマペット二体と少女時代のアリス、そしてドジソンが、打ち捨てられた廃墟のような島にいる。これは冒頭のシーンからの続きになるのですが、そこでイアン・ホルムがうじうじと泣いている。しかし、いや、泣いているように見えてそれが……、という、この転換がほんとうに、ほんとうに美しい。そしてカメラが移動して二人は影に隠れ見えなくなり、二体のマペットは生命を失ったかのように静止する。そうだよね、人生ってそうなんだよね……。ただただそれを感じます。

いい映画ですね。生きていようという気になります。

あるときうっかり、本当の意味での悪としての映画もどきを観てしまいました。普段はそのようなミスはしないのですが、たまたまニコラス・ケイジ特集をふたりで勝手に組んで、片端から観ていたのです。監督名とか何かいっさい確認しないで片端から。で、ニコラス・ケイジはご存じの通りどうしようもないZ級映画に出たりもしていて、それはそれで面白い。彼の怪演だけでも押し切ってしまうくらいの力がある。でもそれはあくまで映画ならという前提条件があって、それは映画でさえない、口に出すのも悍ましい何かでした。それですっかり参ってしまったのですが、いろいろ本来の映画を観てだいぶ元気になりました。バスター・キートンとかも本当に面白いですよね。でもそれはまた今度。

いや、よく考えると論文書かないといけないのですが、締め切りを過ぎているのにまだ一文字も書いていない。でも、そうだよね、人生ってそうなんだよね……。(ここでラストシーンへ。うじうじと泣いているイアン・ホルム。でもそこから、頼む、そこから……。)