手を離すこと

その昔、KiwiのアニメーションがYouTubeにあった。いまでもあるのかもしれない。調べればすぐに分かるが覚えているので調べる必要はない。十数年前だからアニメーションといっても素朴なものだけれど、よくできていた。そのなかで、Kiwiは果て無く切り立った断崖に木を一本ずつ垂直に釘で打ち付けていく。そして気が遠くなるほどの時間を恐らくかけて、やがてKiwiが十分だと思うだけの木を打ち付け終えたとき、Kiwiは崖から飛び降りる。Kiwiは落ちていくけれど、視点を90度回転させると、崖に垂直に打たれた木々の間をまるで飛んでいるように見える。落ちているのではなく。飛べないKiwiの夢。

ぼくはこの動画がけっこう好きで、でも彼女は嫌いだと言っていた。それも分かる。それはKiwiのすべてを、ほんとうにすべてを賭けた夢なのだけれど、でもその対価がKiwiの命だとしたら、ぼくらはそんな、命を賭けなければならないほどの夢に憑かれなければならないのだろうか?

でも、そうではないとぼくは思う。そんな物語では、これはない。それは、何かに憑かれ続けてきたきみが、あるいはぼくが、ついに憑かれていたものとしての自分自身から手を離せたということ、手を離すことの物語なのだ。

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その昔、マイケル・キートンの『マイ・ライフ』という映画があった。名作かどうか、もはや記憶にないけれど、でも、矛盾した言い方だけれど、いつまでも記憶に残る映画だ。マイケル・キートンは名優だし、心霊術師(だろうか)役はなんとハイン・S・ニョールで、この人もほんとうに素晴らしい演技をする人だ。人だった。『キリング・フィールド』のディス・プラン役といえば伝わるだろうか。それはともかく、この映画のラスト、キートンが幻想のなかで、遊園地のジェットコースターに乗って手を離すシーンが、下らない言い方しかぼくはできないけれど、涙なしには見られない。あれも、末期癌に冒されたキートンが、怒りや悲しみ、どうしようもないことへのどうしようもない感情から、ついに手を離した瞬間なのだ。

ぼくらはいつか、手を離すことができるのだろうか? ぼくら自身から。

ぼくの人生の指針につねになってくれる物語が幾つかある。そのひとつはヨブ記だ。ヨブ記を物語と言ってよいのかどうかは分からないけれど。義人ヨブは、どこまでも神により痛めつけられる。それでも自分の義を信じるヨブは、人間としての限界に達するまでの異様な気高さでもって神に抗議する。けれども神はそれに答えず、ただ私(神)が宇宙を作ったとき、おまえ(ヨブ)はどこにいたのか、と訊ねる……。

これは人間が自分自身からついに手を離し神に帰依するもっとも美しい物語のひとつだ。

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だけれども、それは美しく、そこに最終的なこの宇宙すべての真理があるとしても、やはりそれだけではない。最初のKiwiに戻って言えば、そのパロディがあって、そこではKiwiが最後にパラシュートを開いて着地する。それはバカみたいだし、子供みたいなハッピーエンドだけれど、でも、そこにもやはり真理がある。

ヨブ記のラストでも、これは本文批評的には元来別の物語とするべきだろうけれども、唐突なハッピーエンドで終わる。それはあまりに唐突すぎて、それまでのヨブ記におけるテーマがすべてひっくりかえってしまうのではないかという気もするけれど、でもそうではない。Kiwiのパラシュートと同じで、やはりそこにも、人間が人間として生きるということの本質があらわれている。ぼくはそう思う。

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庭のハヤトウリが大量に実をつけた。彼女がそれを収穫して、小さな生き物たちがその占有を宣言していた。ぼくらの日常はそんなふうにして過ぎていく。

ただ何かを探し求めている

アル・パチーノとロバート・デ・ニーロが共演している『ヒート』(マイケル・マン監督、1995年)という映画が好きで、特にラストシーンは何度も繰り返し観てしまいます。銃撃シーンで有名な映画ですが、まあ、あそこはただのアクションです。観ていない方のために内容には詳しく触れませんが、映画の中盤でアル・パチーノとデ・ニーロがレストランでしょうか、語り合うシーンがあって、これも凄く良い。この二人でなければ演じられない、彼らそれぞれの人生の背景の重みが感じられます。で、ラストシーンはこの場面での二人の語りを受けてのものになるのですが、もう一つ、ヴァル・キルマーがアシュレイ・ジャッドのところに行って、でもそこに警察が張り込んでいることに気づいて、どうしようもなく立ち去る、そのシーンとの対比でもあります。ヴァル・キルマーは確かにとんでもない犯罪者なのだけれど、同時にごく普通の人間でもある。愛する人と逃げたいけれど、でもそれができなくて引き裂かれる思いで立ち去る。ヴァル・キルマーのここの演技も素晴らしい。でも、(映画の中の)彼はあくまでただの人間なんです。

もちろん、アル・パチーノもデ・ニーロもそうであって、だからアル・パチーノが娘を病院に運び込むシーンも、最後にデ・ニーロがエイミー・ブレネマンの車に乗るのを断念するシーンも、本当に胸を打つ。だけれども、この二人に関してはやはりそれだけではない。

そう、だから、ヴァル・キルマーが立ち去るシーンが対比されるのは、デ・ニーロがブレネマンとの逃亡を諦めるシーンではない。いやそれもあるのですが、そこが本筋ではない。対比されるのはあくまでラストシーンなんです。ここで、アル・パチーノとデ・ニーロのふたりの、ある種非人間的な本質が現れてくる。ヴァル・キルマーにはない、非人間的な問いに突き動かされた彼らの根本的な悲劇性が、ヴァル・キルマーの人間性によって逆照射される。

特にそれが現れるのがアル・パチーノの眼です。デ・ニーロの手を握り締めて、でもデ・ニーロを見つめるのではない。あそこで、アル・パチーノの眼が何かを探してさまよい始める。というよりも、追い詰めようと、問い詰めようと、けれども同時にどこまでも空虚に何かを探している。そのことが、空虚があるということが、ふたりを結び付けているんですね。それは例えば男の友情とか、そんな阿呆臭いマチスモの話ではなくて、この世界は何なんだという無音の絶叫のような、ほとんど神学的な究極の問いを共有しているということです。

銃を構えてデ・ニーロを探しているときは、その「さまよい」はない。けれどもデ・ニーロが逝ってしまうとき、再びアル・パチーノはこの世界の空虚のただなかで、自らの抱える――それは孤独とか何とかいうことではなく、存在そのものが抱えている空虚さです――その空虚さのただなかで、なぜ、という永遠の問いかけに取り残される。神から切り離された人間の永遠の問いが彼の眼に表れている。

恐らくそれを共有していたであろうデ・ニーロはもういない、いなくなってしまう。夜の空港というのがまた良いんですよ。すべてが飛び立っていってしまう。暗闇の中に。もし魂というものがあるのなら、彼の魂もまた飛び立ってしまった。デ・ニーロにとっての答えは何だったのでしょうか。「ムショには戻らないって言ったろ」。もしかするとデ・ニーロはその瞬間、何かしらの答えを得たのかもしれません。彼にとっての答えは、アル・パチーノに勝つことではなく、むしろアル・パチーノに撃ちこまれた銃弾にあったのかもしれない。けれども、残されたアル・パチーノにはそれは決して分からない。ただ、再び彼は独りに戻るしかない。彼の眼は空虚の中で、人間の意志を超えた異様な強度をもってさまよい、さまよい続け……。

繰り返しますが、アル・パチーノもデ・ニーロも、この映画では極めて人間味のあるキャラクターとして描かれている。だけれども、それだけだとすると、この映画は結局、ただの、何だろう、ダンディズムみたいな、そんな感じになってしまう。そうではないんです。これは永遠の問いに突き動かされた人間の、決して答えは得られないという意味で存在そのものについての悲劇の物語なんです。そしてそれは、もしその人がそうであるのなら、誰にとってもそうである物語でもある。

観たことのない人には訳が分からない感じになってしまいましたが、そんなこんなで、『ヒート』、お勧めです。機会があればぜひご覧になってください。いやあ、映画って、ほんとうに素晴らしいものですね。それではまたお会いしましょう。

あとカニクリームコロッケを一つ。

最近、歯医者に通っています。どうということのないお話。でも、歩いて50分、往復で1時間40分程度かけて通っているとなると、なかなかちょっとしたものではないでしょうか。ぼくは歩くのが好きなので、こういう大義名分のある散歩は楽しい。そして道を歩いているときほど、何かを考えるのに適した時間はありません。いやそうでもないな、お風呂とかもありますね。ともかく、歩いていると様ざまな音が聴こえてきて、風も吹いていて、環境哲学が専門ですなどとのたまっている私からすれば、のたのたと道を歩く自分自身を含めた周りのすべてが考えるということのフィールドになります。

歯医者へ行く途中で公園を抜けるのですが、先日はふたりの子供が、卒業式の答辞のまねっこなのでしょうか、「楽しかった」「修学旅行」とか、そんな感じで交互に叫んでいました。それがちょっと面白かったのですが、「がんばった」「運動会!」「今年は中止だったけどな!」と一人が突っ込んだら、もう一人が「ムッキャー!」って笑いました。「ムッキャー!」です、ほんとうに字の通りに。何だかすごくかわいくて、思わずぼくも笑ってしまいました。

もうひとつ、これまたやはり道すがら、和食のファミレスがあるのですが、そこにおじいさんと青年がふたりで入りかけながら、おじいさんが「育ち盛りの青年なんだからたくさん食えよ!」と言っていました。「育ち盛りの青年」。なかなか聞かない言葉です。これがまた何とも言えずに良い感じの、なんだろう、おじいさん的セリフで、これもすごくほほえましく、ぼくはとても良い気分で歯医者に行き、歯をガリガリガリガリ!!!

それでも生きて帰ってきて、途中で商店街に寄ってお肉屋さんで買い物をしました。ここはちょっと耳の遠いおばあさんが店員さんなので、毎回ぼくは叫ばなければなりません。「お勧めコロッケとー!」「シュウマイ10個とー!」「ツミレ10個とー!」などなど、商店街中に今晩のおかずが知れ渡ります。

とにもかくにも、外を歩くのは楽しいです。でも同時に、怖いことでもあります。その日は歯医者が遅い時間だったので、帰りはもう真っ暗です。白いセーターに白い買い物袋で、暗さ対策はばっちりです。それでも、スマホを見つめたままの自転車が突っ込んできたりします。忍者の末裔であるぼくは身軽に華麗に避けますが、でも、それはとても恐ろしいことです。それは事故に遭うのではないかという恐怖ではなく、そういった、自分の外の世界を遮断した人の存在そのものに対する恐怖です。

外の世界は恐怖でいっぱいで、でも、外ではない世界なんてどこにもありません。恐怖を感じることは当然のことですが、同時に、恐怖を否定して閉じてしまうこともまた、世界に恐怖をもたらします。

研究者として何かを書くとき、特に人文思想系であれば書く以外に表現のしようがありませんが、けれども、スマホを凝視して自転車に乗る人のように閉じた言葉を使う、そういう研究者が、意外に少なくなく存在します。そしてそういう人たちに共通するのは、映画も観ない、小説も読まない、音楽も聴かないということです。いえ、訊いてみると、いやいや自分は映画も観るし小説も読むし音楽も聴くと答える。でもそれは批判のために、あるいは研究のために見ているに過ぎない。自転車に乗りながらスマホを見つめる人が何を見ているのかぼくには分かりませんが、要するにそこには、そこにある音や物語に対する愛がない。ただ自己だけがある。そういう残酷なやりかたは、ぼくは好きではありません。

でも、気をつけないと、ぼく自身の言葉もそうなってしまうかもしれない。既にそうかもしれない。悪い意味でのアカデミズムに汚染されていない形で自分の思想を書きたいけれど、それはやはり途轍もなく難しいことです。

だけれども、たいていの物事は、ひとつの何かで割り切ることはできません。途轍もなく難しいことが、同時にとんでもなく容易なことだったりもするし、その逆もある。それらがみな同時に在る。「育ち盛りなんだからお勧めコロッケたくさん食えよ! ムッキャー!」みたいな、いつか、そんなかたちで自分の思想を表現できればと思っています。

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そんなわけで、気がつけば三か月近くブログを更新していませんでしたが、どうしようもなく山積みだった諸々の仕事も、終わらせられなかったものも含め積み上げすぎ崩れたので、またのんびりここも再開していこうと思います。そういえばいま非常勤で講義をしているコマで、「ぼくはSNSってやっていないんだよねー」と言ったら、SNSをやらないことで困ったことってありますか、という質問がありました。「ぼく友達いないから困らないの」とも言えないのでアレでしたが、でもやっぱり、ぼくにはブログというスタイルが性に合っているようです。いましばらくおつきあいいただけましたら、何よりも云々。

本読みのためのちょっとお洒落かもしれないツールかもしれない3選

あ、なんか軽い感じでよいですね。ぼくは人格破綻レベルで軽薄な人間なので、こういうブログを書くのはすごく楽しいのです。でもまだそこまで人生に絶望はしていないので「お洒落なアイテム」とか言えない。「本好きのためのライフハック」とか。ぼくが「ライフハック」とか言い出したら、もう宇宙人にアブダクションされて人格改造されたと思ってください。とてもしらふで口に出せる単語じゃありませんね。ライフハック。ライフハックにマストなアイテム。アルファケンタウリからコンニチハ。

それはともかく、ぼくはそこそこ本を読む方だと思います。何しろ通勤時間が長いので、本を読むくらいしかすることがありません。あと、趣味も食事や服に対する関心もないので本くらいしか買うものがなく、だから少しずつ本がたまっていってしまいます。そんな感じで生きているひとには、もしかすると参考になるかもしれない、ならないかもしれない、なると嬉しいな、ということで、早速。

1.付箋

いきなり地味な感じですが、しかし重要です。ぼくはなるべく本をきれいに残したい派なので、読みながら線を引くというのは許されざる残忍な行為だと感じます。もちろん、他のひとがやる分には構いません。古書なんかで変な書き込みがあるとふふっと笑ってしまうこともあるし、ああこのひとはここに関心があったんだなあと分かって、自分とは違う読み方に気づいたり、そのひとのそのときの気持ちを想像したり。でも自分自身はそれは嫌なんですね。痕跡を残すことなくこの世界から消えたいし、だから死ぬ前にはぼくの名前に関連したすべての情報をネットの世界から消すウィルスをばらまいて死にたい。それはまあ良いのですが、付箋です。

ぼくの場合は、付箋を貼るのは必ずしも重要なポイントだからということではありません。本を読むときには、その本をそのときに読む、そのタイミングでのみ現れるリズムがあります。そのリズムを記録するために貼ることが多いです。そしてそのリズムさえ記録してあれば、そのときに自分がその本を読んで何を考えたのか、感じたのかを、後になっても容易に再生できます。

これは無印良品の付箋を使っていた時代のものですね。『世界宗教史1』だから卒論のころだな。無印の付箋はコンパクトだし値段もそれなりだし悪くはなかったのですが、しかしぼくのような使い方をする人間にとっては、ちょっと付箋が厚すぎます。これはこれで、このわさわさ感も悪くはありませんし、最後に付箋をまとめて剥がす場合もあるのですが、そんなときは「収穫!」みたいな満足感もあります。いやないか。とにかく本がぱんぱんに膨れ上がってしまって、ちょっとこれは本を傷めてしまいそうですね。で、いまはこれを使っています。

これは3Mの683NEH683MHという商品もありますが、違いが良く分かりません)。

こんな感じ。見た目もかわいいですね。しかしこのままだと接着位置が交互になるように積み重ねられているので、必要に応じて一枚一枚取り出すには便利なのですが、電車の中で立ちながら本を読むときにはそんなことはできません。ですので、このようにあらかじめ裏表紙部分に貼ってしまいます。こうすると分かりますが、色は片側にだけついていて、透明な方が接着面になります。あと表面には適度にざらつきがあり、シャーペンでも文字が書けます。優れもの。

これであれば、片手で本を読みつつ、リズムをつけたいところがあれば電車が止まっているときにでも、もう片方の手でここから剥がして、目的の場所にぱぱっと貼れます。

こんな感じ。2/3くらいは透明なので、文字を読む邪魔にもなりません。

上に書いたように、大事な箇所に貼るというよりも、読むときのリズムをつけるために貼る、という感じでぼくは使っています。色にはこだわらず、ある色を適当に使う。あまり細かなルールを決めても忘れてしまう。盛り上がってきた、貼る! 盛り上がってきた!! 貼る!!! みたいな、もう原初のリズム太古のリズム。まあ、そのあたりは使うひとそれぞれだと思います。

2.ブックスタンド

個人的にブックスタンドは好きではありません。高級なものは大げさすぎるし、嵩張るし、なんかブルジョアとか帝国主義とか、そんな単語が頭に浮かんできます。「抵抗」とか「革命」とか唐突に叫びたくなる。かと言って安い金属むき出しのは無骨だし幾らなんでも事務用品すぎます。学校の図書室とか市の図書館とか、機能一辺倒なスチールの本棚が思い起こされる……。そんなこんなでブックスタンド、運用上は必要なのですがどうにも納得のいくものがなく、使わずにやりくりしていました。けれどもあるときふと、L字金具で代用できるんじゃない? と思いつき試してみたところ、これがなかなか良かった。意外に値段がするのですが、嵩張らず、目立たず、ちょっとかわいい、ということで気に入っています。ホームセンターですぐに買えますし。

こんな感じ。支えたい本によって、L字の長さを選ばなければなりませんが、まあ数種類手元にあればだいたい対応できます。

あーでも、これ、何が良いのか伝わらないかもしれませんね……。ブックスタンドだけれどブックスタンドじゃない、というのが好きなんです。帝国主義に死を!

3.ブラシ

これは京都の恵文社さんで購入した「REDECKER Book Dust Brush」。恵文社さんは本以外にもいろいろ素敵なものをオンラインで販売しているので、ぜひご覧になってください。

恵文社一乗寺店 オンラインショップ

ブラシはその名の通り、本の埃を払うのに使います。前は掃除機のブラシノズルを使っていたのですが、いま使っている掃除機はブラシノズルの毛が硬いし固定されているしで使い勝手が良くありません。それで何か良いブラシないかなあと思っていたら、本屋さんでこれを売っていたので、早速購入。本専用のブラシがあるなんて、この年になるまで知りませんでしたが、道具はやはり手に持ってなじむもの、楽しいものであるほうが良いですし、これはその点でとても良い買い物でした。

そんな感じで、本棚の整理や本読みがちょっと楽しくなるマストなアイテムでライフハック。アルファケンタウリからサヨウナラ。

ホットドッグで食べていくぜヤンキースタジアム。正直自信はないけれど。

実際にはヤンキースタジアムなんて行ったことないのですが、彼女とふたりでお昼を食べているとき、なぜか一日にどのくらいの本数を球場で売れれば生業として成立するかという話になりました。そこで、まず一般的にはニューヨークでホットドッグを食べるとなると幾らくらいするのかなあと思って調べたところ、意外に高いのです。で、高いと怒っている記事がけっこうあったりする。そりゃそうですよね。ああいう食べ物って、チープな方がおいしい。安くて太いだけのソーセージに、これまた安くてチープな味のトマトケチャップと真っ黄色なマスタードをたっぷりかける。ピクルスだけはきちんとしたものを使う。他のものは安くたっておいしいし、安いからこそのおいしさがあるけれど、ピクルスだけは安いのって掛け値なしにまずいから。でもってそれらを焼き立てで表面がパリパリの、あと一歩で焦げるくらいに焼き立てのホットドッグ用のパン(あれ何て呼ぶのでしょう)に大胆に挟んでかぶりつく。真っ白なYシャツにブチャーッ!! なんてケチャップをこぼしてしまったりして、しかもそれが隣の席のひとだったりして。ともかく、そういう、チープだからこその味ってあると思います。ピザとかもそうです。やたら高級ぶっているものよりも、あくまでぼく個人の好みとしては安い方が良い。彼女と暮らすようになってから、食材とかに拘るようになって、といっても高級食材という意味ではなく、なるべく添加物のないものということですが、けれども、ホットドッグを作るときに使うソーセージなんて、もう添加物目いっぱい使っていますみたいな方が合っている。むしろ添加物100%で肉0%。いやそれは極端ですが、うわあ、もうほんとこんな添加物まみれのソーセージ食べたら……みたいな方がおいしい、気がする。

そもそもどうしてそんな話になったのか。ぼくは、何かで食べていくということがいまだに良く分かっていません。職業的な研究者にはおそらくならないだろうし、いまさらどこかの正社員になるとも思えない。笑顔と「ヨロコンデー!」しかしゃべらないコミュニケーション能力によってこの年までフリーで生きてきましたが、それをこの先いつまで続けられるかも分かりません。毎日スーツを着て満員電車に乗って出社してというのは超人的な偉業にしか思えないし、とはいえ不安定な収入でこのままどこまで生きていけるのか、自信があるわけでもありません。どうしたものか。

ケイスにも最初からわかっていたことだが、闇取引きの力学では、売り手買い手ともケイスを本当には必要としていない。仲介人の仕事とは、自身を必要悪に転じることだ。〝夜の街〟の犯罪がらみの生態系の中に、ケイスは自分のための怪しげな隙間を嘘で切り開き、ひと晩ごとに裏切りでえぐっていかなくてはならない。(ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』黒丸尚訳、新潮文庫、1986年、p.24)

この年になると、ケイスの状況がひどく切実に感じ取れるようになります。無論、ぼくはケイスの倍くらいの年齢だし、別段闇取引をしているわけでもありません。でも、その本質のところ、この社会に自分が潜り込めるだけの隙間を嘘でこじ開け、喰っていくという点では変わらないように思います。

先日、古いデータが必要になり、どこか奥底に仕舞っていた外付けHDを取り出して探していたら、卒論が出てきました。最初の大学は中退しているので、その後会社勤めをしてそこも辞めて入りなおした大学の卒論です。ついつい読んでしまったのですが、これがなかなか良い出来で、思わず昔の自分のセンスにびっくりしました。「わあ!」なんてびっくりしているだけなので、明らかに昔のぼくより退化している。かどうかはともかくとして、一生懸命書いていたんですね。その一生懸命具合が面白くも懐かしい。

でも、それよりずっと前、中退した大学では、ぼくは何を勉強したらよいのか、そもそも勉強って何なのかがまったく分からなくなっていました。表向きは情報科学を学び、多少はプログラムというものを理解できるようになっていたので、中退後に喰わざるを得なくて就職した先もソフトウェア会社でした。自分の能力は必ずしも求めるものとは一致せず、別段、プログラマになりたかったわけではないのですが、考えてみればあの大学で最低限のプログラミングの技能を身に付けていなければ、その後の生活も研究もあり得なかったでしょう。ぼくがプログラミングを学んだ先生はぼくのことなどまったく覚えていないことに全財産を賭けることができますが、アルメニアから来ていたあの教授――いまは大使をしているらしい――には、ぼくはいまでもこっそり、深く深く感謝をしています。ぼくのinformationの発音は、だからいまでもアルメニアっぽい。まあ嘘ですが。でも、良い思い出というのは、いつだって嘘にまみれたものばかりです。

研究は、修士まではコンピュータを用いたシミュレーションベースのものでしたが、博士からは一転して自然言語のみで勝負する世界に移りました。それでも、いまでもぼくの生活を支えている根本はプログラミングのささやかな技能だし、研究上のテーマも、死とかミミズの死についてとか、そんなことを言いつつも、やっぱり情報技術についてのものだといえます。最初の大学にいたとき、ぼくはなぜ勉強をするのか、コンピュータについて、情報科学について学ぶとはどういうことなのか、さっぱり分からないまま混乱し、そしてそれほど苦労もなく適応して知識を深めていく(ように見えた)周囲の学生たちに恐怖していました。結局、いまでもぼくは混乱したままです。情報技術っていったい何なのか、プログラムを組むってどういうことなのか。混乱したまま、でも、だからこそそれについて考えることもできるのだと、すっかりふてぶてしくなり無精ひげまで生えてしまったいまのぼくは、そんな風に思っています。

すべては中途半端で、明日、果たして自分はまだ社会のなかでどこかに位置づいて、何かの対価として収入を得て、食べていられるのか。どうにも自信はありません。それでも、どうにかこうにか会社にたどり着き、どうにかこうにか不具合を調査し修正しドキュメントをまとめ、やれやれなんて思いつつひさしぶりに仕事帰りに海沿いを歩いたりしていると、その不安定さのすべてが重なり合った奇跡的な交点の、これまた奇跡的に安定したいま・ここの完全さを感じ取ったりもするのです。

仕事帰りに父の遺したCONTAX TVS IIで撮った写真。デジタルに慣れてしまったいまではほとんど呪物のようなカメラですが、でも、かわいい見た目も含めて気に入っています。数日前、仕事が一段落して食堂まで飲み物を買いに行ったとき、ひさしぶりに虹を見ました。最初はとてつもなく巨大な虹の一部で、少し目を離してから見てみると、今度は小さく、そして普段とは逆向きに地平線に対して凸になった虹になっていました。職場のなかなので写真を撮るわけにもいきませんでしたが、記憶に残せるので、別段、構いません。いずれにせよその不思議な光景は、いつかぼくの論文のどこかに現れるのだろうと思っています。

メディア、記憶、記録あるいは天使について。

その昔、『家族ゲーム』という映画があった。松田優作が主演していた。たぶんぼくと同世代以上の人ならそのポスターを覚えているのではないかと思う。長い食卓があって、家庭教師役の松田優作を中心に伊丹十三や由紀さおりが一列に座っている。ちょっと想像しにくいかな。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を思い浮かべてもらえるといい。ぼくらは何となくあの晩餐の光景を普通に受け入れてしまっているけれど、あれが家族の食事だとすると相当に変ではないだろうか。普通は向かい合って食事をする気がする。そうでもないかな。ともかく、いま、ぼくと彼女もまた、長いテーブルに二人で並んで座り、食事をする。テーブルの向こうには庭に面したガラスがあり、ぼくらの姿が映っている。それをふと目にするたびに、ぼくは『家族ゲーム』のポスターを思い浮かべてしまう。まあ、大した話ではない。

でも、この前実家に帰ったとき、最初の大学生だったころの写真を発掘した。まだ若いぼくと彼女が、その他数人の人形劇仲間と一緒に、そして人形も一緒に、写真に写っていた。いまガラスに映るぼくらと比べればもちろんひどく若い。だけれどもその本質はほとんど何も変わっていないようにも思う。

写真。二人で写っているものもあれば、一人でどこかへ行ったときにあとで彼女に見せるために撮ったものもある。クルト・ゲーデルはありとあらゆる資料を遺して亡くなったらしい。嘘か本当かは分からない。それでも、いうまでもなくゲーデルの100万分の1の才能もないぼくだけれど、何かを残す、ということに関してはゲーデル並みに強迫観念にかられており、だからいつか、どこか延焼の危険性がないところですべて燃やそうと思っている。それはともかく、だからぼくは、アナログ/デジタルを問わず自分が撮った写真も残していて、だけれど、ある期間に撮った写真だけなぜか見つからないことがある。その一つについてのお話。

それは会社を辞めて二つ目の大学に入り直し、三年目くらいだっただろうか、ミネソタにあるLuther Seminaryに10日間か2週間ほど行ったときのものだ。ちょうどそのときぼくの恩師が神学の修士号を取得するためにSeminaryに在籍していて、オリエンテーション期間中に講義を受けることができるからおいでよ、みたいなことだったと思う。どういうアレかはいまでも良く分からないけれど、ぼくはそこでヘブライ語の講義に潜り込んだりしていた。大学ではヘブライ語の授業は英語のテクストを使っていたので、英語恐怖症のぼくでも講義にはついていけた。あとの時間はだいたい近場を徘徊していたような気がする。

時間があるときには恩師(U先生)がセントポールをあちこち案内してくれた。立派なコンサートホールがあり、学生だとチケットがめちゃくちゃ安いので聴きに行ったり。そんななかでよく覚えているのが、小山晃佑先生に会いに行ったことだ。U先生は修士論文の指導を受けており、何の関係もない、クリスチャンですらないぼくのような若造がくっついてホイホイと会いに行ってしまった。無知というのは恐ろしいもので、小山先生は日本だけではなく世界レベルで見ても20世紀を代表する神学者の一人だ。だけれどもまったく偉ぶるところなどなく(それでも、対峙しているときの緊張感といったら凄まじかった。それはきっと小山先生の、生きていることそのものに対する真剣さであり、誠実さであり、神に対する責任が否応もなく感じ取れたからだろう)、ぼくらは先生のご自宅で昼食をご一緒させていただいた。先生の著作”Waterbuffalo Theology“についてお話したのを覚えている。

小山先生は食事の後に四人全員で写真を撮ろうと仰り、その言い方から、先生は写真がお好きなようにぼくには感じられた。けれども結婚相手のLoisさんは写真が嫌いなようで、嫌だなあ、という雰囲気がありありと感じられ、ぼくはそれを、うまく言えないけれどすごくほほえましく思った。どちらかが我を通すとかどちらかが我慢をするとかではなく……、やはりうまく言えない。でもそのときの写真には、そして先生がそういうときにお撮りになったであろう写真にはすべて、その雰囲気が写っているのではないだろうか。

そのあと、小山先生はU先生とぼくをアパートメントの外までお見送りくださり、そこでまた写真を撮った。そのときの小山先生の「三人で撮るときは気兼ねなく自由だぞ!」みたいな無邪気な率直さで写真をお撮りになる姿がとてもおかしく、だから間違いなく、その写真も良い写真になっていたと思う。

ここまで書いて気づいたけれど、そうだ、だから、小山先生と一緒の写真は、ぼくはそもそも持っていなかったのかもしれない。U先生にお訊ねしてみれば、もしかするとU先生はその写真をお持ちだろうか。いつか尋ねてみよう。

だけれどもその他の写真については、ぼく自身が確かに撮った。当時はもうデジタルカメラになっていた。SonyのDSC-F1ではなかっただろうか。その写真も、いまちょっと見つからない。ゲーデルが地下室に遺したレシートのように、バックアップデータの階層の最深部に埋もれているのだろうか。Seminaryの寮にぼくは泊まらせてもらっていたけれど、インターネット回線は極めて貧弱で、当時の画質でさえ写真をメールに添付するなどは無理な話で、だからぼくは彼女へ送るメールに、帰ったら写真を見せるよ、と書いていた。そう、ぼくはそのとき、ほとんど毎日彼女にメールを送っていた。

そしてぼくは父にもメールを送っていた。でも、こちらは彼女に送るよりもずっと簡素で、ほとんど報告に近いもの。だけれど、帰国してから父と話をしていたとき、いやもう少しあとになってからだっただろうか、父にしてはめずらしくぼくのメールを誉め、「面白く読んでいた」と言った。父がぼくの文章を誉めることはなかったので、そのときのことはいまでも覚えている。ぼくが博士課程に進んで査読論文を書くようになる少し前に彼は亡くなり、もしいまぼくの論文を読んでいたら父はどう評価するかな、と、ぼくはときおり考える。そしてもうひとつ、あのとき、もう少し長くいろいろなことを書いて――短い滞在期間の割にはいろいろな目に遭ったので――父に送れば良かったなと、後悔とは違うけれど、思ったりもする。それは本当にそう思う。

日々不連続な出来事に翻弄される誰かさんの人生が、それでもその誰かさんにとっての人生であるように、このばらばらな話にも通底する何かがある。そしてぼくにとってそれは、研究する動機であり、テーマであり、方法論であったりする。

Waterbuffalo Theology“は、いまも本棚にある。いつかアカデミックなしがらみから完全に解放されるときがきたら、もう一度読もうと思っている。

think like singing

ほんとうにひさしぶりの休日を過ごしていました。今年は査読論文を書きますとあちこちに宣言しており、実際、頭の中には無数の木の実が乱雑に散らばっているのですが、まだまだ芽を出して木となり言の葉をつけるまでには至りません。そういうときはじっと自分の心の中を覗く時間が必要です。日に当て水をやる感じ。けれども相棒がいま味噌づくりに挑戦中で、大豆を煮ているのです。そうして彼女がどこかに行ってしまったので、代わりにぐつぐつぐつぐつ、煮えていく豆を見守り、適当なところで引き揚げ、今度はそれをぐりぐり潰します。そんなことをしているうちに休日は終わりました。

いえ、そういえば他にもしていたことがあります。いま家の中にはどこからか羽蟻が侵入してきて、普通の蟻も侵入してきて、それを食べようとする蜘蛛も発生していて、なんやかんや、大変な騒ぎです。見つけるたびに外へ放り出すので、近所から見るとしょっちゅう胡散臭い中年男性が出てきては玄関先でティッシュ(蟻をそっとつまんでいる)をはたき、また家の中に戻っていく、五分に一度はそんな行動を繰り返している。ホラー気味の鳩時計か、と自分でも思いつつ、それはそれで有意義です。ちょっと表現が難しいのですが、フローリングの板と板の間ってちょっと窪んでいますよね、そしてその窪みと壁の接点のところから蟻が入ってくる。だからそこを壁の白に合わせて白いペンキで塞ぐと、隣の板と板の隙間のところから入ってくる。蟻が相手なのにいたちごっこ。でもやっぱり、そういうバカげた日常も楽しいのです。

そうそう、そういえば他にもしていたことがあります。あれ、けっこう遊んでいるな。たまたま、Youtubeで自転車競技の動画を見つけたのです。それは急な坂の多い街中の細い道をものすごい勢いで下っていくというもの。運動神経は前世に置いてきたぼくのような人間には、そのテクニックはもはや魔法のようなものです。怖すぎるのでうらやましくはありませんが、やはり天才であることは確かです。そしてこういう動画を観ていていつも思うのは、世の中には無数のジャンルがあって、それぞれに無数の天才がいるということなのです。ぼくは普段ぼんやりと本を読むか、ぼんやりとプログラミングをしているか、ぼんやりと論文を書いているかしかないので、ときおり異なるジャンルを見るとびっくりします。びっくり。子供みたいだ。

そしてさらに、他にもしていたことがあります。いやこの男遊んでばかりだな……。ひさしぶりにこのブログを更新するついでに、いや逆ですね、ぼくの好きなブログを見ようと思ってそのついでにこのブログを書いているのですが、それはともかく、ぼくの好きなブログ、大半が消えています。これは本当に残念なことだし、寂しいことです。いえ、ブログだけではなく、好きな小説家もここ何年も新作を書いていなかったり、その小説家のブログも数年前から更新が途絶えていたり、好きだったバンドのオフィシャルサイトを見てみたら信じられないことに解散していたり、そういうのって、本当に不思議です。あれだけ優れた言葉を、音楽を生み出していたひとたちが、あるとき消えてしまって、もうどこにも探すことができない。もちろん作品は残っているし、本気になればそのひとたち自身を探し出すことだってたぶんできます。ストーカー的な意味ではもちろんなくて。でも、やっぱりそれは違うんですよね。そういうことではない。

またまたその上、きょうは査読報告書を提出したのですが(良かった、遊んでいるだけではなかった)、その査読対象の論文中でダナ・ハラウェイが引用されていました。以前に読んでいた論文ですが、改めて読み直してみると、そこでダナ・ハラウェイは、ラヴクラフトをSF作家だと書いている。ぼくはこういうのは好きではありません。ラブクラフトはSF作家ではないだろう……。いうまでもなく、SFを低く見ているということではありません。それどころではない。ちょっと脱線しますが昨日たまたま彼女とオールタイムベスト5のSF小説は何か、という話をしていて、ぼくはギブスン『ニューロマンサー』、神林長平『魂の駆動体』、ストガルツキー『ストーカー』、ディック『暗闇のスキャナー』、そしてイーガン『ディアスポラ』を挙げました。いやもっといくらでも挙げたいのですが(最近では小川哲氏の小説は素晴らしいですね)、とにかくSFは好きだし、ぼくの思考と感性の多くを形作っているし、だから繰り返しますが低く見るとかではなくて、でもラヴクラフトがSF作家って、それはダメだろう……、と思うのです。

ぼくはそういう、物語に対する無神経さは嫌いですし、そういう人文学者は信用できないのです。物語とは畢竟言葉によって作られた世界なのだし、言葉に対して残酷な人文学者なんてあり得ません。そして残念ながら、前にも書きましたが、そういう人文学者って少なくないのです。それはとても怖いことですし、悲しいことです。

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あるとき彼女とふたりで近くの図書館に行き、帰りにちょっとした山道を歩いていたとき、小さく茶色い、とてもかわいらしい小鳥が草藪のなかにいるのを見つけました。くちばしをいつまでもパカッと開けていて、ちょっとアホな子っぽい感じが何とも言えません。ガビチョウでした。それ以来、その道を何度歩いてもなかなか見かけなかったのですが、その日、山を越えた向こうにある公園の池を二人で眺めていたら、二羽のガビが水浴びをしていました。現実的にはあらゆる問題が山積みの人生ですが、でもなんだかそれだけで、ぼくらはしばらくの間、幸せに生きていけるように思えたりするのです。

そんなことの一つ一つが、ぼくの頭の中にある小さな木の実です。いまは夜中で、明日、というかきょうはもう仕事の日。でも眠りにつくまでは休日だとジョン・レノンも歌っています。いやそれはぼくの脳内レノンかもしれない。ともかく、だからそれまではぼくも、頭の中の木の実をそっと眺めつつ、次に書く論文の姿を思い浮かべたりしています。