用事がなければ延々部屋に篭り続けるクラウドリーフさんですが、今年は(まだ終わってはいませんが)けっこう旅行に行きました。とはいえ、どこに行っても何を見ても、何を食べても何をしても、いっさい覚えることのできない彼のことです。そもそも本当に旅行に行ったのかどうかさえ怪しいのですが、まあ、それはそれでどうでも良いことです。
ともかく、つい先日、相棒とふたりで、丸の内に近いあの駅の、改装したばかりのあのホテルに泊まってきました。いまはそこそこ混んでいるようですが、予約開始とほぼ同時に申し込んだときには空き部屋はじゅうぶんにありました。
駅全体が改築されたということもあり、たくさんの見物客が写真を撮っています。ぼくらはドームに面した側の部屋をとったのですが、ドームを撮ろうとする人びとの焚くフラッシュで、部屋が明るく照らされます。バッバッババッバッバババッ。部屋に入り、ほっとくつろいでカーテンを開けたぼくは、眼下に蠢く無数のカメラとフラッシュに恐れをなし、すぐにカーテンを閉じます。部屋の電気をすべて消し、相棒と二人でベッドの上に身体を伏せます。少しでも顔を上げれば、天井を撮る人びとのレンズに撃ち抜かれます。もともと写真が苦手なぼくらにとって、これは予想外の危難です。しかし厚いカーテンを閉めてしまえば、もう部屋はシャンデリアの人工的な明かりに照らされた、面白くもない空間でしかありません。薄いカーテンだけを閉め、二人で寝転がったまま、高めの天井を眺めます。薄暗い部屋を、外のフラッシュの光が断続的に照らしだします。
最近、どこかへ泊りにいくと、相棒は「年をとったらまた泊まりに来ようね」といいます。彼女の言いたいことは、何となく分かる気がします。
どこからか、電車の行き来する音が、音というより振動として伝わってきます。ホームのアナウンスが、何を言っているのか分からないままに、ぼんやりと響いてきます。外からのフラッシュは相変わらず、音もなく、ぼくらが並んで眺める天井を一瞬白く浮かび上がらせます。
やがって眠ってしまった彼女の隣で、やはりうとうとしているぼくは、もうまるですっかり、余生を通り抜けて来世の自分を眺めているような心持になっています。