黴て曇ったレンズの向こう

いつも通りノートを抱えて都心に出て、彼女の仕事が終わるのを待ちながら、喫茶店でブログを書いたりしています。のんきな生活。ストレスで耳が聴こえにくく、頭痛でしばしば吐いてしまったり(でも口から出したことはここ数年ないんだよ、と意志の強さを主張すると、むしろそれは頭がどうかしている感じだね、などと言われたりします)、階段から盛大に転げ落ちて足を捻挫したり。だけれど、それでも、ここ数年の柵を絶つなら絶ってしまって良いのだと思い極めてからここしばらくの生活は、わずらわしい雑務、片づけなければならない仕事が山積みではありつつ、どこか奇妙に静かでのんびりとしています。

ぼくは、春が嫌いです。などというと格好つけとか「人とは違う俺凄い」アピールとか思われて困ってしまうのですが、本当のことをいえば他人にどう思われようが困ることなど何もなく、ぼくは春が嫌いなのです。だけれど、小さな虫たちが元気に地面を這いまわり始めるのを見ると、やっぱり、それはそれで幸せだよね、などとも思ったりします。

こう見えて、クラウドリーフさんはけっこうしたたかなひとです。したたかって、強かと書くんですね。なんだか漢字で書くとちょっと印象が変わります。ともかく、忙しいとか体調が悪いとか、言葉通りに捉えない方が良いのです。彼はけっこう、嘘で自分の生活を塗り固め、ないところから時間を無理やり引きずり出し、彼女と旅行に行ったりもしています。普段彼は本を買う以外にお金のかかる娯楽というものを一切しませんし、身だしなみにも気を遣いません(洗濯はしていますが)。ですので、こういうときくらいしかお金を使うことはないのです。少しばかり値の張る旅館などに泊まって、でも、いろいろなものすべてがなんだか寂しくなって、彼女とふたりで、寂しいよね、などと笑いあったりします。

論文を書く暇もなく、仕事の合間に学会絡みの雑務を少しずつ片づけていきます。クラウドリーフさんは相棒が生きている限りは生きるつもりでいるのですが、彼女の家系は長命で、一方、彼の家系はそれほどでもありません。つき合うのはけっこう大変ですが、ともかく、下手をしたらあと60年以上は生きなければならない可能性もあります。いくら嘘に関しては、嘘に関してのみは天才的な技能を持つクラウドリーフさんでも、さすがにあと何十年かを嘘だけで乗り切っていけるだけの自信はありません。いったいどうしたものか。困ったものです。まあ、客観的には道に迷っていても、歩ける体力がある限りは迷ってはいないと思い込んでどこまでも歩いていく彼のことです。何かしらどうかしら、きっとなんとかしていくのではないでしょうか。

昨晩は少し疲れてしまい、公募用の証明写真を撮るついでに買ってきたクリーニングキットで、レンズの手入れをしていました。彼の部屋の押し入れには、昔彼の父が使っていたキヤノンのレンズが眠っています。父の晩年、既にそのレンズにはカビが生えていました。それでも、割れていない限りは、何かしら写るものです。クラウドリーフさんは、いくつかの理由からキヤノンが好きではありません。だけれども、父の若いころに使っていたレンズで何かを撮るというのは、それはそれで、ちょっとした冗談として――どのみち彼の人生など、相棒に関わる以外のことはすべて冗談なのです――洒落たものではないだろうか、などと思っているようです。

ネットで調べてみると、キャノンのレンズをαマウントに装着するためのマウントアダプターは、あまり種類がないようです。Fotodioxというアメリカのメーカーが出しているものがあるそうですが、これは日本で手軽に買えるという感じでもありません。あとは中国製のKT-MAFD-WLというのが手に入るそうで、早速注文してみました。来週には届くでしょうが、それが少しばかり楽しみです。届いたら、α700に父のレンズをつけ、ひさしぶりに御苑にでも行ってみようかと思っています。カビたレンズに無理やりのマウントアダプター。碌な写真など撮れないかもしれませんが、所詮、クラウドリーフさんの眼に映る光景など、世界がそうだから、ではなく、単純に彼自身が腐っているが故に、碌でもない光景ばかりです。

それでも、彼は彼なりにこの世界を愛していると言います。ほんとうかな、とぼくはちょっと疑ったりもしますが、彼の人生が相棒を中心としてまわっているものである以上、そこに冗談が紛れこむ余地はありません。そういった彼の狂気に若干恐怖を感じつつ、それでも、ぼくは彼のそんな生き方が、いまのところは気に入っているのです。

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