頭痛箱、481、そしてブルブル。

驚くべき勢いで時間が経っています。年明け早々に体調を崩し、結局原因は分からなかったのですが、ひと月くらいそれで潰れました。実質ひと月半かな。夜中に突然頭痛が生じ、それがいままでにないくらいの激しさ。夢の中で「これは量子力学的頭痛だ」という謎のひらめきを得て、霧箱ってありますよね、あれぼくは凄く不思議だと思うのですが、あれの頭痛版を夢の中で作ったのです。木製。量子力学的頭痛を検知する木箱。意味が分かりませんが、めちゃくちゃはっきりした構造の道具で、目が覚めてもその頭痛は凄まじくまじめにちょっといろいろ考えてしまいつつ、これ凄い発明じゃ~んとか思っていたのです。

それはともかく、そんなこんなでいろいろ予定が狂ってしまいましたが、もともと人生そのものの調子が狂っているようなものなので、そこはそれ、なにはあれです。ある朝、いつも乗り換えるホーム、いつも立っている位置で、ぼくはこれまたいつも、線路の向こうにあるフェンスの網目の数を数えます。まあそんなもんです。ともかくそれは37×13マス。プログラマなんて数字に強いイメージがありますが、ぼくは未だに「三日後」とかいう言葉が理解できないレベルです。「一日後は明日、二日後は明後日、三日後は……」ともにょもにょ唱えてようやく分かります。0スタートか1スタート。C言語で生まれ育ったぼくは当然0スタート派。とにかく、電車が来るまでのあいだ、毎朝ぼくは37×13を計算します。「40×10と40×3を足して~、そこから39を引いて~」とか。ところがある朝、それが37×12になっていました。これはとても面白い。なめとこ山の熊のことなら面白い。面白い面白いと呟きつつ、いまだにぼくはこの世界を疑っています。もちろん、自分の頭は常に疑っています。

在宅勤務をしているとき、二階に上がるのが面倒くさくなり、最近は一階で仕事をしています。そうすると、窓の外にさまざまな小鳥たちが来るのが見えます。とはいえこの時期になるといつも来るのはヒヨくらい。そのうちの一羽は、窓枠の外にとまり、窓の中を覗き込んできます。それがとてもかわいい。何か言いたいことがあるのか、コンコンガラスを叩いてくることもあります。ところで、ヒヨドリって英語だとBrown-eared bulbulっていうんですね。ブルブル。

Brown-eared bulbul

昨日、昨年書いた論文がようやく公開されました。といってもこれたぶんその研究会の会員でないと読めないやつなのですが、そうとう面白いです。自画自賛。次に出す本のベースになるものです。そんな風に広告しつつ、いまだに原稿のとりまとめに苦労しています。でも、つらい苦労ではありません。当たり前ですね。好きでやっているのだから。きっと良い本になるでしょう。きょうはきょうで、ありがたいことに書評の依頼がありました。ほんとうにありがたいことです。

あとは……。何かものすごく面白くてげらげら笑ったことがあったのですが、忘れてしまいました。でも、忘れても、笑っていたぼくは確かに存在していたのだし、存在したその軌跡の先にいま・ここがあるわけだし、それで良いのです。そもそも、だいたいいつでもげらげら笑っている。そんな感じです。