ぼくらはあのバス停にいた

秩父で合宿をしてきました。

その年度に博論あるいは修論を提出する予定の院生が、自分の論文の進行状況を発表するというのが、合宿の主な目的となります。ぼくは一応今年度の博士号取得を目指していますので、発表をしなければなりません。ここ最近は論文の執筆に集中しており、このブログの更新もだいぶ滞っていたのですが、おかげさまで無事に発表を終えることができました。まだまだ完成までには稿を重ねていかなければなりませんが、今回の発表で、完成がだいぶ見えてきたのは確かだと思います。

秩父は、昔ぼくが最初の大学にいたころ、人形劇の合宿で何度も訪れたところです。ぼくらは西武秩父に集合し、少し離れたところにあるバス停からバスに乗り、ゴトゴト山道を揺られながら登っていきました。そしてとあるお寺の本堂に泊まり、みんなで自炊しながら、川で遊び、そして近所の子どもたち相手に人形劇を上演しました。もちろん舞台などありませんから、持参したプラパイプを組み立ててシーツで覆い、襖を外して枠にして、そんな簡易舞台で劇をするのです。

今回の合宿地はそこから少し離れたところなのですが、けれど西武秩父で集合というのは変わりありません。待ち合わせは11:20。けれども荷物が多かったこともあり(といっても原稿とカメラでふくれただけですが)、ぼくはかなり早めに行くことにしました。ラッシュで大荷物というのも、避けられるのであれば避けたほうが良いですからね。けれどもそれだけではなく、少し、昔ぼくらがうろうろしていたところを歩いてみたいということもありました。

考えてみれば、秩父に一人でくるというのは初めてです。いつもは少なくとも相棒と一緒か、他の部員たちと来ることが大半でした。西武秩父に到着し、まずはあのバス停へ。最後に来たのはもう十年くらい昔でしょうか。みんな卒業したあと(ぼくは退学でしたが)、一度か二度、当時の部員たちが集まって、あのお寺に泊まったことがあるのです。もうほとんど忘れてしまったけれど、それからもう十年は経っているのではないでしょうか。けれども、さすがにバス停の場所を忘れているということはありません。駅から歩いて五分程度のところですし、何度も歩いた道です。バス停はそのままありました。標識はきれいになっていますが、確かにこの場所です。すぐ近くの民家のガレージには、相変わらずツバメが巣を作っています。時期的にいまツバメがいるのかどうかは分りませんが、今年もそこに巣を作っていました。しばらくそれを眺めて、また歩き出しました。

ちょっと口調を変えましょう。

クラウドリーフさんは、驚くほど頑健なひとです。とにかく良く歩きますし、骨が頑丈です。重い荷物もへっちゃらです。ずんずんずんずん、どこまでも炎天下を歩いて行きます。もちろん、慎重な彼のことですから、水分補給も忘れません。汗だくですが、カメラを片手に、久しぶりの自由な時間をとことん歩いてやろうと思っているようです。といっても集合時間までのわずか二時間ほどですが、それでも、近くにある札所を二つ三つ巡ることくらいはできるでしょう。クラウドリーフさんはとにかくオプティミストです。というよりもまあ、少々残念なくらいに楽天的なのです。過去のことには囚われませんし、そもそも良く思い出せません。悲しいことも「悲しいね」と言って少し笑ってそれきりです。バス停を後にして、ずんずんずんずん、どこまでも歩いて行きます。

とりあえずの目的地は札所の十一番と十二番。駅からほんのすぐ近く。あちこちに看板があるので、道に迷う心配もありません。しばらく歩くと、早速札所十一番につきました。お寺の名前は忘れました。クラウドリーフさん、本当に記憶力が悪いのです。けれど、とても穏やかなお地蔵さんに出会いました。彼はこういうことだけはいつまでも覚えています。とても良いお地蔵さんでした。

それから、いま来た道を戻り、さらに行き過ぎ、今度は札所の十二番です。このお寺はとても面白かった。山門の両側に、幾つもの奇天烈な木像があります。写真も撮りましたが、それは割愛。いつか皆さんが秩父に行かれることがありましたら、西武秩父から歩いて十五分程度のところ(二十分くらいかな)ですので、興味があるかたはぜひ参拝なさってください。

さて、ここまで来て、だいぶ時間も経ってしまいました。実は昨日の夜からほとんど何も食べていないので、駅方面に戻り、ミスタードーナッツに寄ることにしました。そしてドーナッツを食べながら、しばらく発表原稿の確認。集合時刻の前まで、そこで論文のことを考えていました。

合宿では、基本的には一日中ゼミをしていることになります。それでも、朝は食事まで自由ですし、夕食後は宴会やら温泉やらとなります。ぼくは肉体的にも精神的にも疲労がピークに達していたので、結局温泉には入りませんでした(シャワーは何度も浴びましたよ)。飲み会も、そういうのはまあ、凄く好き、ということもないので、ある程度までにこにこ参加して、寝てしまいます。その分朝は早起きし、カメラを持って散歩に行きます。

早朝の秩父。少し歩くと河原へ降りることができます。ここではありませんが、昔、ぼくらも似たような河原で泳いでいました。

道端にあったお堂の番をするお狐様。おっかない表情を浮かべようとしていますが、仲良く並んでかわいらしいですね。お堂の中には、なぜか二人の達磨さん。

朝靄の中を飛ぶ鳥。何の鳥でしょう。何だってかまやしません。どうせクラウドリーフさんは覚えられないのです。

葉っぱ。ただそれだけですが、ぼくの眼は、けっきょくこういうものに向けられるようです。

そんな感じで、今回もいろいろなものを撮りました。といっても、草や昆虫や石や何かの糞や、要するにいつも撮っているようなものばかり。だけれど、そういったものに独りで静かに向かい合う時間というのは、かけがえのないものです。怒りと憂鬱しかない気持ちが、そういったときだけはとても静かに凪ぐのを感じます。いえ、もちろん、クラウドリーフさんは楽天的なひとです。他のひとの評価がどうであれ、論文を書くのは楽しいですし、発表も楽しい。空気は澄んでいますし、夜中、真暗な橋の上で蹲り、星空を撮るのも楽しい。ここはPHSの圏外なので、部屋の前にある公衆電話で彼女に電話をし、硬貨がカシャン、カシャンと音を立てて落ちるのを聴きながら、いつもより少し遠い彼女の声に耳を澄ませます。

***

三日間は、あっという間です。宿から西武秩父までは宿のバスを出してもらえるので、それに乗って、ぼくと数人は帰途に着きます。他の院生たちは、自分たちの車に分乗して、引き続きどこかへ観光に行くようです。けれども、ぼくは大学へ戻り、彼女と夕食を食べる約束をしているのです。貧乏学生だった昔とは違い、特急にだって平気で乗って、何の思い入れも感傷もなく、日常生活へ戻るのです。

昔、ぼくらが人形劇をやっていたころ、ぼくらは何度も秩父へ来ました。そのとき一緒だったひとたちは、誰かさんたちとは完全に縁が切れ、誰かさんはこの世界から縁を切りました。みんな、もう、ぼくにとっては誰かさんです。残ったのは相棒だけ。あるいは、ぼくらだけが残されたのかもしれませんが、そういうレトリックは、ぼくは、好きではない。

これは、ただのバス停です。昔、ぼくらはここからバスに乗り、そしてどこかへ行きました。ぼくは記憶力が悪いので、バス停の名前が同じかどうか、発着本数が同じかどうか、そんなことはまったく思い出せません。ま、本数の少なさだけは変わらないようでしたけれど。

だけれど、確かに、ぼくらはここから出発しました。バスが来るまでの間、今年もツバメの巣があったね、などと話し合いました。

***

宿からのバスに同乗した院生たちは、元気に何ごとかを話し合っています。ぼくは窓の外を眺めています。十数年が過ぎて、けれどいまだに何も変わらないぼくだけがここにいます。相変わらずへらへらへらへら、何が楽しいのかいい加減なことばかり言って暮らしています。けれども。

けれども、クラウドリーフさんの乗ったバスが西武秩父の駅へ着いたとき、彼は不思議なものを見ました。駅のベンチに座っていた若い女のひとが、ぼくらのバスを見ると、笑顔を浮かべて立ち上がり、軽く手をふったのです。それは、ぼくらと一緒に人形劇をやった誰かさんに、とてもとてもよく似た笑顔のひとでした。クラウドリーフさんはほんの一瞬、何か救われたような、泣きたくなるような気持ちになります。けれどもどれだけ頭の悪い彼でもこの世界に救いなどないことは知っていますし、第一、彼は泣くほど繊細な心など持ち合わせてはいません。ぼくはよく知っています。彼は、愚かで倣岸で、感傷とは無縁な人間です。

彼は荷物を背負い、バスを降ります。さっきの女性がどうしてこちらに手をふったのかは分りませんが、バスの向こうに知り合いの車があったか、あるいは単に勘違いをしただけか、いずれにせよ、クラウドリーフさんには何の関係もない話です。

良い論文を書くしかありません。それを選んだのだから、切り捨てたすべてのものを忘れずけれど迷わず、残りの時間を過ごそうと思っています。

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