何しろ彼は器が大きい。多少のことでは動じない。昨日、使っているノートパソコンから変な音が聴こえてきた。前にもあったのだけれど、CPUファンに埃が入ってしまったらしい。分解して、地球に厳しいエアダスターで埃を吹き飛ばせば直る。早速ノートをひっくり返してみると、底面を固定している10本のネジのうちの1本がなくなっていた。ショックで寝込んだ。asus u21 zenbook。これまで使ってきたなかで最も完璧に近いマシン。この連休、一日は何の義理もない誰やら研究者のサイトの立ち上げの補助に潰れ、別の一日は学会の編集の補助とメーリングリストの更新に潰れ(しかもまだ終わっていない)、ほぼ毎日終電で働き続けようやく訪れた休日に自分の論文も書けないまま俺はいったい何をやっているんだとだいぶ憂鬱になりつつも健やかに生きていた彼だが、この1本のネジはほんとうに堪えた。形ある物みな壊れる。突然、悟りを啓いたかのようなことを呟きだすが、しかしその顔面は蒼白で、手はぶるぶると震えている。ああ、ネジの1本さえあれば! 彼の器はあまりにも大きい。理論的には宇宙全体を包み込むほど巨大になると、やがて反転して指先ほどになる。
それでも、注文していたシュレッダーが届くと、とたんに機嫌が良くなってにこにこしだす。何しろ根がかわいそうなくらいに単純なのだ。シュレッダーはコクヨの「超静音 デスクサイドシュレッダーAMKPS-X80W」とかいうもの。小ぶりで可愛らしいデザイン。しかし十分強力で、使いやすい。ようやく少しできた自分の時間を使い、要らなくなった書類をばりばりばりばりシュレッダーにかける。楽しい。何これ、超楽しい! ぼくのゴールデンウィーク、超充実している! 瞬く間に、一緒に買ったシュレッダー用ゴミ袋が一杯になっていく。部屋の片隅に、ぱんぱんになったゴミ袋がどんどん積み重なっていき、自分の居場所がなくなり、小学校時代に箱の中で飼われていたミノムシのように、カラフルな切りくずで一杯になったゴミ袋のなかをごそごそ動き回る。
シュレッダーというのは面白いものだ。固定化された情報が、視覚的、物理的に消去されていく。ぼくらは情報を固定化し、なぜか必死になって固定化し、あらゆる手段を使って固定化し、しかし、そしてだからこそそれがやがて重荷になり、今度は必死になって消去していこうとする。消去というよりも、裁断だ。裁断、細断。シュレッダーで細断しているのだからあたりまえだろう、といえば、それはその通り。けれども、やはりそれだけではない。それはぼく自身にも分からない直観の部分で、情報の在り方を、その本質を伝えている。
それから、そう、きょうは服を買いに行った。親族の結婚式に出るのに着ていく服がないので、服を買わなければならない。新宿の伊勢丹に行き、紳士服のフロアをうろうろする。いつも通り体調が速攻で悪化する。「なーに、ソクラテスだって毒の杯を飲んださ」というのが、こういうときの彼のお決まりの独白だ。しかし気をつけなければこれが実際に口に出てしまう。「何かお探しですか」服に決まっているだろう、と思いつつ何か適当に愛想の良い返事をしようとして「ソクラテスが・・・」と言いかけ、慌てて「最近のトレンドですよね、ははは!」と無理やりつなげて逃げるようにその場を去る。その売り場にはそれから一生近づくことはなかった。
服に何万円もかけるなど、狂気の所業だとしか思えない。得体の知れない店員につつき回されつつ、行きは良くないない、帰りは怖いわい、とぶつぶつ歌う。それでも、がんばって、何やら訳の分からないブランド品のジャケットとパンツを買ってきた。パンツってなんだ。ズボンだろう。丸出しか! と彼は思う。古い人間なのだ。パンツスーツ。変態か! だいぶ錯乱している。彼女の家にたどり着き、数時間倒れていた。
義理。世間体。阿呆らしい。自分の時間、自分の研究の時間を削って何をしたところで、連中も、世間も、何も返してくれはしない。ぼくはただ、彼らに忘れてもらいたい。ぼくの名前を、口に出してほしくもない。ぼくはぼくにとって美しい生き方を目指す。それは不可能だろうけれど、醜い生き方を恬として恥じないひとの形をした何かの群れのなかで、数人の仲間と、無数の決して出会うことのない同類でない同類たち以外の何ものにも義務を負うことなく生きよう。
明日は、すべての義理を無視して、同人誌の原稿を書こうと思っている。