ストレンジ・アトラクター

あの夏からもうずっとあと、必要な資料を紀伊国屋本店で探していたとき、偶然、笹塚さんに出会った。もう二十代も後半だろうに、相変わらず奇妙な魅力を放っている彼女に、やはり相変わらずぼくは理由の分からない恐怖心を抱く。けれど隠れる間もなく彼女もすぐぼくに気づき、躊躇いもなく近づいてくる。「ひさしぶりだね、元気にしていた?」「おひさしぶりです。まあ何とか生きていますよ。笹塚さんこそお元気そうで何よりです」「また他人行儀なんだから。ぜんぜん変わってないね」そう言って笑うと、せっかくだからどこかでお茶でもしようよ、時間があればさ、時間はあるでしょ、と無理やりぼくを引っぱっていく。その強引さに昔を思い出し、思わず苦笑しながら彼女に連れて行かれる。

世界堂の上にある喫茶店に落ち着き、しばらく互いの近況を話したりする。笹塚さんもぼくと同様、時間に縛られるような生活を送ってはいなかった。だってそう願ってもさ、時間の方が相手をしてくれないんだよね、と、彼女は屈託なく笑う。

しばらく他愛のない話をしてから、やがてそろそろ帰ろうかというとき、不意に彼女が身を乗りだし、避ける間もなく顔を近づけてくる。あの時も感じた、幻想としての彼女の匂いに、思わず身をこわばらせる。「きみってさ、結構、私と似ているんじゃないかなって思っていたんだよね。あのとき一緒にバイトしていた連中はみんなどこか似ていたし、いまはどんどんそういう奴らが増えているけど、でもやっぱり、いまでもきみがいちばん近いと思うんだ。だからさっきも書店ですぐきみに気づいたんだよ」それを聞いてぼくは、ああそうか、そうだったのかと、衝撃もなく納得している。

外に出ればもう夜だが、昼の熱気はいまだに街に篭っている。携帯の番号を交換するとか、何か私たちの柄じゃないよね、という笹塚さんに、会う奴にはどうせまたどこかで会いますよ、と答える。それは彼女に通じたらしく、そうだね、と懐かしげに微笑む。新宿駅へと向かう彼女を見送り、ガードレールに凭れかかってほっと息をつく。彼女に感じていた匂い、目の前を行き交う人びとの匂い、少しずつ世界に拡がっていく匂い、ぼく自身の匂い。ずっと知ってはいたけれど、ようやく分かった。だけれども、それがぼくらの生き方なら、ぼくらはそうして生きていくしかない。道路に開けられた通気口から、地下鉄の空虚な振動が伝わってくる。

あの時走り出したぼくの熱量はまだ残っているだろうか。身を起こすとぼくは、脚に力を込めてみる。怪訝な視線を向ける人びとのなかで軽く前傾姿勢を取り、ビームのように走りだす。

大学二年の夏休みに入ると同時に、ぼくは青山の怪しげな会社でアルバイトを始めた。夏の間だけ借りたという古いマンションの一室がぼくらの職場で、監督役の若い社員が一人居る他は、大学生やら、当時現れ始めていたフリーターやらが十人ほど集まっていた。そのマンションはコンクリートと植物が罅割れを戦場として拮抗し、あと二年もすれば取り壊されるのだと、どこか崩れた雰囲気の社員が言っていた。そいつの趣味なのか、朝から夕方までラジカセでビートルズが流れていることを除けば、胡乱な連中ばかりのなかで、案外ぼくはうまく溶け込んでいたと思う。働き始めて三日目にはビートルズにうんざりし、ぼくらはその社員をイマジンと呼ぶことにした。ぼくらに肉体労働を押しつけ、自分だけは暇そうにしている彼に対するあてつけもあった。

昼休みになれば殺風景な休憩室でコンビニ弁当を食べつつ、他の連中の無駄話に耳を傾ける。たぶん二十半ばくらいだったのだろうが、バイトのなかでも年配の山岸という男がいた。いつも黒尽くめの服に身を包み、世界に対する怯えを虚勢で隠せていると思い込んでいるような下らない奴だったが、下らなさで言えばもちろんぼく自身を含めた誰もが同じだった。山岸はヘビースモーカーで、中途半端に吸い終えた煙草の吸殻を、揉み消しもせずに灰皿代わりの飲み終えた缶コーヒーに突っ込むのが癖らしかった。ある日の昼休み、何を勘違いしたのか、奴はぼくが飲みかけていた缶コーヒーに吸殻を放り込む。「わりいわりい間違えちまったよ」と悪びれもせずいう山岸に、気にしないでいいですよどうせほとんど飲んでましたしと答え、翌日の昼休み山岸が席を外した隙に、やつの空き缶に、切り取っておいたぼくの髪の毛の束を放り込んでから弁当を買いに出かけた。近くの公園で弁当を食べ、昼休みが終わる直前に休憩室に戻ると、山岸に「まじ臭せえよ何してんだよおめえは」と言われ、頭を叩かれる。結構、ぼくらは楽しくやっていた。

六時になればバイトはお終いだ。やる気なくにやけたイマジンに追いやられ、ぼくらは朽ちたコンクリートの匂いを嗅ぎつつ階段を下りマンションを出る。夏の日差しに通りはまだ明るい。少し歩けば青山通りで、青学の正門から流れてくる華やかな学生たちを憎悪しつつ通り過ぎ、渋谷駅に着く前に宮益坂上の中古レコード店を覗くのがいつものルートだ。ポップがべたべた貼られた窓ガラスの片隅にはいつでもバイト募集中の張り紙があるが、ラジオで流れる流行曲を聴く程度にしか音楽に興味のないぼくには関係のない話だ。それでも客の少ないその店は、時間を潰すにはちょうど良く、聞いたこともない外国のミュージシャンのアルバムのジャケットを眺めているだけでも楽しめた。そういえばある日そこでイマジンに遭遇したことがあった。咄嗟に少し離れたところに隠れ観察していると、案の定彼はビートルズが置かれた棚まで真直ぐ進むと、その前でしばらくじっと思案していた。結局、何も買わなかった。

時折ぼくは、バイトのあとに渋谷駅とは逆方向に向かい、青山墓地をうろつくことがあった。このバイトを始めるまで青山墓地など聞いたこともなかったが、ある昼休みに何の目的もなく散歩をしていて、ふいに自分が広大な墓地に紛れ込んでいるのに気づいた。通りから離れた奥まで入ってしまえば、都心の昼時とは思えないほど人気がなくなる。一等地であろうに意外なほど荒れ果てた区画もある。何故かそんなところに居ると、心が安らぐのを感じた。

大学へも行かず、かといって金もないままにアパートで寝転がる。不意に電話が鳴るが、どうせ大学の教務か母親のどちらかでしかないし、そうであれば出るつもりもない。自動で留守電に切り替わり、予想通り母の声が聴こえてきて、盆には実家に帰ってこいと言っている。通話が終わると即座にその録音を消す。

赤字路線の電車の終点からさらにバスで四十分程山道を揺られると、ようやくぼくの生まれ育った村に着く。そんな辺鄙な場所にも拘わらず、意外にしぶとく過疎には縁がない。さすがに大学に行くには都会に出るしかないが、だいたいの連中がまた村に戻っていく。ぼくには信じられないが、まあ、それはそれでそいつの人生だ。帰ってこいと母は言っていたが、それはぼくが出来損ないだからであって、そもそも村の連中は、言われるまでもなく、どこに居ようが盆には村に帰ってくる。何故なら、盆にはぼくらがするべき祀りがあるからだ。

奇妙な目で見られる趣味がある訳でもなし、あまり人に話したことはないけれど、あの村には他では見られない独特の墓地がある。墓地というか、墳墓というか、とにかくそんなものだ。裏山の中腹にせいぜい一反ほどの空き地があり、そこに石で組まれた小さな塔がある。それが村でただ一つの墓だ。塔は中空になっていて、内側は井戸のように深く掘り下げられている。壁沿いには大人がどうにかすれ違えるほどの螺旋階段が刻まれているが、万一落ちれば命はない。実際、何十年か前には祀りの間に死者が出たらしい。それをむしろ目出度いことででもあるかのように村の老人たちは語っていた。気が狂っているとしか思えないが、諏訪の御柱祭だって死人が出るのだ。案外どこでも、それが普通であるのなら普通なのかもしれない。

バイト先のマンションの階段を上っていると、途中に一葉の写真が落ちている。安っぽいポラロイド写真だ。いかにも適当なフラッシュに照らされたその光景が安っぽさに拍車をかけている。既に出社しビートルズをかけながら雑誌を読んでいるイマジンに挨拶をし、始業までの間、控室で缶コーヒーを飲む。やがて笹塚さんが入ってきた。今回のバイトのなかでは唯一の女性で、年齢はたぶん二十歳を少し超えたくらいだろう。年に似合わない妙な色気があり男連中からは人気があったが、ぼくはどうしてだか彼女のことが少し恐ろしく、理由も分からないままに敬遠していた。彼女は荷物をロッカーに入れるとぼくの方にやってくる。「ねえねえ、階段に落ちてた写真、見た?」悪戯っぽい笑みを浮かべて訊いてくるので、「ああ、あの男女がセックスしているやつですよね」と答える。笹塚さんは「無表情でそんなこと言わないでよ」と一頻り笑い転げてから、声を潜めて、「あれさあ、四階の空き部屋にある写真だと思う。凄い変な部屋なんだよ。始まるまでまだ時間あるから見に行こうよ」と言い、興味がないというぼくを強引に引っ張っていく。

ぼくらが働いているのは二階で、三階にはまだちらほら住人がいる。時折コンビニの袋を下げた外国人を見かけるし、奥には医院まである。黄ばんだカーテンがいつも引いてあり、いまでも開院しているのかどうかは分からない。一度だけカーテンの隙間から覗いたことがあるけれど、白衣を着た老人が東欧のコマ撮りアニメに出てくる人形のような動きで、黄ばんだ光のなかを歩いていた。それが四階になると、もう完全に廃墟だ。以前山岸とふたりで行ったのだが、開きっ放しの扉の向こうに明らかに不法に住み着いている誰かの雰囲気があったり、床に得体のしれない液体がぶちまけてあったりして、ぼくらは早々に引き揚げたのだ。けれど笹塚さんは度胸があるのかどこかおかしいのか、平気な顔で空き部屋の一つに土足のまま入っていく。当然電気は通っていないが、塵の散らばった部屋には朝日が差し込んでいる。「ちょっと、大丈夫なんですか」「平気平気。日中は誰も居ないっぽいし」と答え「ここ、見てごらんよ」と開いたガラス戸の向こうのユニットバスを指す。見るまでは解放されそうもなく、仕方なく風呂場に足を踏み入れ覗き込んでみる。黒ずんで汚れた風呂桶の底には、階段にあったのと同じような写真が何百葉となくばら撒かれ積もっていた。その数自体がすでに狂気だ。そして見える限りそのすべてに、この部屋だろうか、ベッドの上で濡れて交合する男女の姿が、形を変え幾度も映しだされている。周囲は薄暗く、計算もなく焚かれたフラッシュに肌が蒼白く浮かんでいる。深海で見る悪夢のような情景。いつの間にか隣に来ていた笹塚さんが、狭いバスルームでぼくに身体を寄せつつ囁く。「ね、きっとこの写真を誰かが持ちだしたんだよ。それとももしかしたら、誰かが定期的に写真を補充しに来ていて、あれは途中で落としちゃった一枚なのかもしれないね」確かに彼女の言うとおり、底にある写真は酷く汚れ、上にあるものほど新しく見える。だが写っているのは恐らくいつも同じベッド、いつも同じ二人だ。「ね、凄く変でしょ」笑顔で呟く彼女の身体に、ふとぼくは死臭を感じる。ぼくの知らないぼくが嗅ぎなれている匂い。薄暗い風呂桶の底の薄暗い写真のなかへ、ぼくは墜ちていく気がする。

東京の大学に入るまで、ぼくはあの村で過ごした。数えで十四歳を過ぎると祀りに参加できるようになるのだが、それが子どもながらに誇らしかったのを憶えている。けれど祀りといっても、実際のそれはむしろ土木工事に近い。塔の下に伸びる深い竪穴の壁面には、螺旋階段沿いに無数の窪みが掘られており、その一つ一つに死者の遺骨を納めた壺が置かれている。どれが誰の壺だったのかは時が経つにつれ忘れられていくが、墓そのものが一つしかないのだから、そんなことを気にする者はいなかった。一年が巡る間に誰かしらは死者の群れに加わる。窪みはいつでも壺と同じ数しか作られないから、祀りになるとぼくらは穴の底まで降りて行き、さらに深く掘り下げ、螺旋階段を刻み、新たな死者の分だけ壁に窪みを穿つ。

遙か昔から引き継がれているという祀りの手順は単純なものだ。十四歳以上の村人が宮司を先頭に一列となり塔に入る。塔のなかでは決して声を出してはいけない。まずは螺旋階段を下りながら、先頭の宮司が一定間隔で壁に灯燭をともしていく。太く長い蝋燭が一つともされるたびに、後ろの者から前の者にまた一つ、蝋燭が手わたされていく。そうして穴底に辿りつくと小さな麻袋を満たすくらいに土を掘り起こし、それを背負って階段を上っていく。下りは壁に沿い、しかも底は完全な暗闇なので恐ろしさもさほど感じないが、帰りは細い螺旋階段の端を上り、底も薄暗く見えているので、酷く恐ろしい。

必要なだけ穴を深くし、死者の数だけ窪みを掘ると、次には骨壺を移していく。ぼくらは再び一列に並び、一人が一つずつ、新しい死者の数だけ壺を穴の底に向かってずらしていく。当然、いま生きている人びとよりも死者の方が多いから、すべての壺を移動し終えるまで、ぼくらは何度でも地上に戻り、また地下へ降りることを繰り返す。

だから、最も古い骨壺が、いつでも穴のいちばん底にあり、最も新しい死者の壺が、いちばん地上に近いところにあることになる。最初の死者の壺には宮司しか触ることが許されず、老人たちはそのなかの死者のことをでぇじばぁ様と呼び、殊に敬意を払っているようだった。

バイトの仕事内容は相変わらず意味不明なものだった。どこからかトラックで定期的に運ばれてくる大量の段ボールに、建物の図面のようなものが詰め込まれている。そこに書かれた記号を見ながら機械的に分類し、ファイルに綴じ、再び別の新しい段ボールに詰める。それをトラックがまた持ち去っていく。とは言え、あからさまな違法行為でない限り、給料さえ支払われるのなら、ぼくにはどうでも良いことだった。相変わらずにやけたイマジンは朝からビートルズを流し、笹塚さんはコケティッシュな笑顔を振りまき、山岸は煙草を中途半端に吸っていた。ぼくは青山墓地を歩き回ることが多くなっていた。夏はいよいよ暑く、蝉の鳴き声も断末魔の叫びでしかない。ある日の昼休み、普段とは違う小道を進んでいくと、小さな墓石が草叢に倒されている。ありふれた御影石の墓石に某家代々の墓とありふれた苗字が刻まれている。それほど古いものではなさそうだった。見る限り周りに墓石のない墓はなかったから、どうしてこんなところに打ち捨てられているのかは分からないが、不思議と陰惨な感じもなく、むしろ照りつける日差しの下、強烈な生命力さえ感じさせていた。磨き抜かれ透明にさえ見えるその石は内部で光を束ね、籠められている魂を強力なビームとして空に放つ。そんな空想をしてみる。

仕事が終わり、中古レコード店で時間を潰し、渋谷から東横線に乗って家に帰る。留守電のランプが点滅している。再生すると、教務からの呼び出しと盆には帰ってこいという母からの伝言だけが残されている。そのどちらも消去し、TVをつける。深海の生き物が映しだされ、その風変わりな姿をしばらくぼんやり眺めている。

祀りに参加して三回目の盆、十五歳のとき、ぼくは墜ちた。前日から少し熱があるのに気づいてはいた。祀りに参加するのは強制ではないから、理由があれば参加しなくとも責められることはない。けれど当時のぼくは大人になるということへ憧れ、日常では感じることのできないその責務を果たすことを、何より大事に思っていた。そして無理をして土を詰め込んだ袋を背負い螺旋階段を上っているとき、一瞬、重力を失い、気がつけば物凄い勢いで土壁が迫り上がっていく。いや、ぼくが墜ちているのだ。けれどぼくが恐怖したのは墜ちていることではなく、墜ちていくぼくを見つめる人びとの、無表情な、けれどどこか狂おしいまでの官能に満ちた目つきだった。

結局、どうしてだかぼくは掠り傷一つ負うことはなかった。地面に叩きつけられた瞬間の記憶がなかったぼくは、幾度かそのときのことを訊こうとしたが、大人たちは何も答えてはくれなかった。それから三年間、どこかずれた気持ちを抱えたまま過ごし、大学合格と同時に村を出た。ぼくがあのとき死ななかったのは、決して奇跡などではない。あの村の連中も、そしてぼく自身も、きっとどこかでそれに気づいている。

いよいよ盆も近づいてきたある日、ぼくらが働いていると、隣の部屋からイマジンが怒鳴る声が聞こえてきた。「そんなにやる気がねえんなら辞めちまえよ、こっちは人手は足りてんだよ!」どうやら、遅刻が増えていた山岸に、ついにイマジンが切れたようだった。だが、山岸も負けてはいない。「朝から晩までビートルズ聴かされる身にもなってみろよ! イマジンしろよ!」と怒鳴り返している。イマジンしろよ、のところでぼくらはみな思わず笑ってしまう。好きな音楽を貶されたら余計に激怒するんじゃないかと思ったが、イマジンはなぜか急に冷静な口調に戻ると、「じゃあきみきょうで馘首ね。きょうまでの賃金は払うから。ご苦労さまでした」という。何故か山岸も丁寧に「あ、どうもお世話になりました」などと言っている。しばらくして作業場に顔を出すと、山岸はぼくらにニヤッと笑いかけ、「じゃ、そういうことだから。会う奴にはどうせまたどこかで会うだろ」とだけ言うと、控室に置きっ放しだった荷物を取りまとめ、さっさと出て行ってしまう。その身軽さを少しだけ羨ましく感じる。

仕事を終え、ひさしぶりにまっすぐ渋谷駅を目指す。楽しげに囀りながら正門から溢れてくる学生たちに呪詛の言葉をひっそりと投げ当てつつ、そういえば俺もまだ学生なんだよな、と思う。何となくレコード屋を覗く気分でもなく、宮益坂上の交叉点を通り過ぎようとすると、通りに面したビルの段差に腰を下ろし、例によって空き缶を灰皿代わりに煙草を吸っている山岸が居た。よお、と手を挙げる彼に近づき、何をしているのかを問う。「いやお前を待ってたんだよ。あのマンションの前で待ってると他の連中に会っちまうし、それも何だか恥ずかしいしさ」そう言うと、ほら、とぼくに缶コーヒーを放り投げてきた。咄嗟に掴み、その冷たさから、彼の意外な繊細さに気づく。「何ですかこれ」「前にさ、お前の飲みかけのコーヒーに間違えて吸殻入れちまっただろ、その弁償だよ」と言う。律儀な男だ。彼の隣に腰を下ろし、缶の口を開けながら訊ねる。「それで山岸さん、バイト辞めてどうするんですか?」山岸は笑って、「実はもう次のバイト決まっているんだよね。知ってるかどうか知らねえけど、そこの角にある中古レコードの店。俺音楽好きだし、ある程度だったら自分の好きな曲流してもいいって言うしさ」そうなんですか、と相槌を打ち、缶コーヒーを啜る。「そうだ、コーヒーのお礼に一つ良いことを教えましょう」「何だよ」「あのレコード店、時折イマジンが来ているみたいですよ」「マジで?」「マジです」うんざりした表情を浮かべた山岸だったが、やがてそれを苦笑に変える。「ま、イマジンが来たらビートルズでもかけてやるさ」そうしてしばらく無駄話をしてから、ぼくらは別れた。

夜、電話が鳴る。留守電の向こうで、母が盆には帰ってこいと、留守応答の合成音声よりも無感情に喋っている。よくよく聴いてみれば、そこには戻るはずのない誰かに呼びかける者の諦念が込められている。あの村でともに育った誰もが、育ててくれた誰もが、ぼくにとっては既に死者だった。死者による死者のための祀り。そして彼らからすれば、ぼくこそが死者だった。母の声は死人の呟きに聴こえる。けれども、母はきっと、死んだ息子に届かない声で語りかけているのだろう。ふと、無表情にレンズを見つめる、何万年も姿を変えないで生きてきた深海魚を想いうかべる。宮司に運ばれる壺のなかのでぇじばぁ様が、ぴちゃぴちゃ、ぼくには分からない言葉で何かを喋り続けている。そうして途切れることのない軌跡を残しつつ、どこまでも深く降りていく。

別れを告げたあと、少し歩きかけてから山岸が振り返り、やけに透る声でぼくに言った。何だかさ、こんな街でこんな生活をしていると、どこまでもどこまでも続けられるんじゃないかって気がしてこねえか? 俺たちは不老不死なんだ。実際、俺はもう始まりがいつだったかなんて憶えちゃいないし、いつ終わるかも想像できない。問いかけるような彼の眼差しに、少し考えてからぼくは答える。どうでしょうね、いややっぱりぼくらは、きちんと年取って、きちんと死ねると思いますよ。そう願いましょうよ。でもって最後は空に向かってビームみたいに魂を打ちだすんです。こう、ばばっとね! そうして、踊るようにステップを踏み、大げさに手を拡げてみせる。山岸は呆れたような顔をするが、やがてにやりと笑い、そうか、ビームみたいにばばっとか、と言うと、もう振り返ることもなく再び歩きだす。

会う奴にはどうせまたどこかで会う。しばらく自分の影を相手に残りのステップを踏んでから、ぼくはビームのように走りだす。

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