その時幽霊が喋り出す

相棒とおそろいのPHSを購入した。持ち込みで機種変更をしなければならないのでまだ使えないけれど、シンプルなストレート端末で質感もしっかりしているし、通話の音質が高評価の機種なので楽しみだ。おそろいの端末というのも、会社に入ってしばらくしてPHSを買ったとき以来だから、何となく嬉しい。PHSは、もうどんどんサービスが縮小していく方向だし、これが最後の機種になるかもしれない。たぶん十機種近く使ってきたのではないかと思う。データ通信用の端末も含めたらもっとかな。寂しいけれど、仕方がない。でも、いわゆる携帯電話の頭がおかしくなるような音質など冗談ではないし、スマートフォンも個人的には趣味ではない。だから、どうにかして、次世代のモバイル通話デバイスが現れるまでPHSで粘ろうと思っている。無理か。でも、この機種はトランシーバーにもなる。PHS回線がサービス停止になっても、散歩に出かけたとき、わざと少し離れた道を歩きつつ、ふたりでこっそり会話を交わそう。

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最近、少しずつ父の遺した書類の整理をしている。いらないものはシュレッダーにかけてしまう。ときおり、面白い書類があったりして、そういうのは個人的にとっておいたりする。先日はアメリカの地図を発見した。アメリカ大陸発見。何様のつもりだ(突然の逆鱗スイッチ)。

覚えているひとがいるかどうかは分からないけれど、昔経産省が情報大航海プロジェクトなるものをやっていた。情報大航海! こういう言葉のセンスのなさにはほんとうにがっくりする。どのくらいがっくりするかというと、この前東京駅近くを歩いているときにふとこのプロジェクトのことを思い出して、思わず膝をついて「もうダメだーっ!」と叫んでしまったくらいにがっくりする。近くを歩いていた白人男性が驚いていたので、「HARAKIRI!!」と叫んで逃げた。せめて「SEPPUKU!!」だろうといまにして思う。でもどうなんだろう、経産省の役人が「俺たちは情報化時代のスペイン人だぜ、モラベックのいう電脳生物たちを隷従させるために税金を無駄に注ぎこんでこの電子の海に乗り出すんだぜへいへい!」とか本気で思っていたとすれば、それはそれで、ちょっと狂気じみて突き抜けているかもしれない。

もうひとつ、最近ひどくがっかりしたこと。SONYと東大が人間拡張学なるものを立ち上げるという記事を読んだ。例にってギブスンのニューロマンサーが、何も分かっていないような阿呆な引用をされている。「私はまったく文学が分かりません」ということを高らかに宣言して恥じることがないというのは、確かにひとつの才能ではある。ではあるけれど、ぼくはそんな能力はいらない。驚くほど無能な連中が恥もなくメディアについて、人間について語る。最近、研究者という人種の99.99%は、要は言葉を使えない可哀そうなひとたちなんだなということが分かってきた。それは奢っているとかいうことではなくて、単純に、絶望的だし、恐怖しかない。

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それはともかくアメリカの地図の話だ。これは面白かった。ちょっと独特の立体感のある手書きの地図。どんな使い道があるのかは分からないけれど(何しろカナダからメキシコに至る広大な土地が描かれているのだから)、例えばルート55がどこをどう辿っているのかとかは追えるし、小説でしばしば目にするけれど、周辺にどんな山脈や川があるのかなどを知らなかった街を見つけたりすると、とても楽しい。あまり見ない感じの地図なので、父はいったいどこで買ったのかなと思って調べてみると、オールドフリーポートという会社が販売していたらしい。残念ながらいまではもう営業はしていないようだ。法人登録されている情報から住所を調べ、google mapで見てみても、該当するような店はなにもない。もしかすると個人の住宅で何かしら営業しているのかもしれないけれど、そうだとすると父が何故それを知ったのかが分からないし、この時代、サイトもなしに営業しているとは思えない。だから、いったいどんなお店で、どんなふうに父がそれを見つけて地図を購入したのかは、もう想像するしかない。

彼女とふたりで地図を広げて眺めながら、ネットには実はまったく情報ってないよね、と言う。当たり前でしょ、と言われる。二人でゆっくり、指でルート55を辿っていく。

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次の論文に向けて資料を集め始めている。そういうときにふと目に入ってしまう本というものがあり、ついつい買ってしまったりするので、結果、自分の周囲が大変なことになっていく。あと5日でいま書いている論文を仕上げなければならないので、趣味の本を購入してにやにやしている場合ではないのだけれど、まあ仕方がない。だって本読みなんだもの。ものもの。MONONOFU!! きょう買ってしまったのはシュテン・ナドルニーの「緩慢の発見」(浅井晶子訳、白水社)。まだ読んでいないけれど、けっこう良い本なのではないかという予感がある。

でも、趣味の本と言いつつ、それだけではないようにも思う。ぼくも、結局のところ極めて限定された属性に縛られている人間なので、いくら手を伸ばしたところで、手に入れられるのは手に入るものだけだ。それでかまわない。ここまで書いてきたことのすべてが、どこかで通底している。その通奏低音に耳を傾けると、不思議と、自分の研究が浮かび上がってくる。それを正確に測量して、論文に書き起こしていく。

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そうそう、そのマップ、まだ売っているのは発見した。
http://www.wall-maps.com/UniqueMedia.htm
この会社、他にもいろいろな地図を売っている。大航海なんてものに興味はないけれど、父が買った地図を売っている店をネットで見つけてみたりして、そんなことの全体に、何てことないおかしみや寂しさを感じたりしている。