いいね……こんなきれいな胃、見たことないよ。

しばらく忙しくしていた。いまでも忙しいのだけれど、もう、だいぶ身体が動かなくなってきたので、物理的に忙しさが緩和されている。要するに何も片づかない。とはいえ、生まれたときから対洗脳回路を鍛え続けてきたぼくは、いまさら山積みの仕事を前にしたところで自分が悪いなどとは毛ほども思わない。世界が悪い(断言)。そんなこんなでブログもまったく更新していなかったけれど、昨年一年がんばって書いてきたものがようやく形になり始めていて、決して書くということについてサボっていたわけではないのだなあと、自分でもちょっとほっとしている。とはいえ、既に三月も半ば。今年書かなければならないものも、もう目の前に迫っている。書けるのかな、大丈夫かな、という気持ちはいつでもあるけれど、もやもやした何かがある限りにおいて、最終的には何かが生まれるであろうことへの確信はある。

とはいえ、身体の不調はやはりあり、いくら気合いと根性と粘着気質のハイブリッドであるぼくでも、身体が動かざるいかんすべき ぐやぐや! ぐやぐや! と庭のカエルのように鳴くしかない。カエルのように鳴く。何だかそれも素敵な生活のような気がするけれど、まだカエルになるには早い。いや遅いのかな。子どもの頃、父親によく、「××(ぼくの名前)がまだカエルだった頃、橋の下は寒かったなあ~」と言われ、言われるたびに、ぼくは怒って鳴いていたそうな。いや泣いていた、か。そんなこんなで人間ドックに行ってきた。彼是六年ぶりになるだろうか。あの頃ぼくの頸動脈は美しかった。首筋にヌルヌルしたローションを塗られ、エコーの、あの何て呼ぶんでしょうね、アレを当てて、先生がはぁはぁしながら「いいね……こんなにきれいな頸動脈、なかなか見ないよ……」などと耳元で囁くわけですが、その病院にまた行ってきたのです。今回は肺活量を褒められました。「きみ……何かスポーツやっていた……? それとも楽器とか……肺活量いいね……。こんな肺活量、なかなか見ないよ……」耳元で囁かれます。

そんな謎体験をしつつ、今回の目玉は胃カメラでした。身体のなかに何かを入れるなど狂気の沙汰ですが、彼女に「やってみたら」と言われ、ぼくは素直なので、じゃあやってみるかと思ったのです。しかしこれが大変だった。あ、これから胃カメラをやろうと思っているひとのために書くと、ぼくは極度にこういったものが苦手な人間なので、別段、みなさんが不安に思う必要はありません。だいぶ特殊な事例だと思ってください。胃カメラを入れる前に精神安定剤のようなものを注射されるのですが、そもそもぼくは敵国に捕まったスパイ的な特殊な心理状態につねに置かれている人間なので、もうあれです、「こいつらは俺を薬でぼんやりさせて秘密を吐かせるつもりなんだ」とか、そういうことになる。秘密なんて何もないのですが、対洗脳回路が最大限に稼働し始め、目もクワッと見開いている。クワッ! カエルか。「薬など効かぬわ!」そんなだから、胃カメラを突っ込まれると、途端におげえええ! となります。自業自得。あまりに苦しんでいるので、看護師さんが背中をさすってくれます。その気持ちがありがたい。ところがこの男、知らない人に触られると緊張で吐く。21世紀が誇るハイパーコミュ障なのです。専門はコミュニケーション論。講義のときは学生さんたちに「人間、やっぱり愛だろ」とか言っているわけですね。看護師さんが声をかけてくれます。「大丈夫ですよ、リラックスしてくださいね」「おええええええ!!!!」何かが生まれるであろうことへの確信。

終わってから、いろいろなものに塗れた顔を洗わせてもらい、待合室に戻っていきます。結構繁盛している病院で、待合室には多くの人びとがいますが、皆一様に青ざめた顔をしてぼくを見つめています。それはそうでしょう。扉の向こうから悪魔が生まれてくるときのような呻き声が漏れ溢れていたかと思ったら、当の本人が現れたのです。ぼくはぐっとサムズアップをしてみせます。暖かい拍手。ぼくは生きていてもいいんだ。

胃の中はきれいだったそうです。

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